アニメ『星のカービィ』に関わったハル研究所の関係者

    今回はアニメ『星のカービィ』のスタッフロールから、「設定協力」として関わったハル研究所(HAL研)の社員と思われる人物をピックアップする。原案の桜井政博さんと音楽のアレンジ元になったサウンドチーム等は除いた。

    1話のスタッフロールより。

    企画 
     谷村 正仁(ハル研究所)

    設定協力 
     山本 洋一(ハル研究所)
     能登谷 哲也(ハル研究所)
     別府 裕介(任天堂)
     藤江 宏志(ハル研究所)

    2002年 4月6日の27話から、山本 正宣さん(ハル研究所)が設定協力として加わる。

    設定協力
     山本 洋一(ハル研究所)
     能登谷 哲也(ハル研究所)
     山本 正宣(ハル研究所)
     別府 裕介(任天堂)
     藤江 宏志(ハル研究所)


    以下、個々に紹介する。

    谷村 正仁会長

    企画の谷村 正仁さんは当時社長だった方だ。現在は会長であると企業理念のページに記されている。

    ハル研究所 企業理念
    http://www.hallab.co.jp/company/philosophy/

    そこで「いいモノを作ってカービィをブランドにしよう、お客さんがカービィを買えば安心ってイメージを作ろう」と、会社一丸となってがんばったんですよ。それが『星のカービィ夢の泉の物語』なんですけど

    谷村正仁社長(HAL研究所)突撃インタビュー
    https://www.nintendo.co.jp/nom/0003/halken/page02.html


    この姿勢は今でも貫かれているだろう。


    吉川惣司監督を選んだことについては、こう述べられている。

    前例のないことに積極的にトライされている。そのような方であれば、カービィをアニメにするときに起きるであろういろいろな難しい問題にもチャレンジしていってくださるのではないかと思ったんです。たとえばアニメでカービィはしゃべりません。

    N.O.M 2001年10月号 No.39 アニメ『星のカービィ』制作現場突撃レポート!! - 関係者が語るアニメ版カービィの魅力 加藤直次プロデューサー(CBC)、谷村正仁社長(ハル研究所)インタビュー
    https://www.nintendo.co.jp/nom/0110/miryoku/


    無難な人間は荒野を切り開くリーダーにはならないので、無茶をやってくれそうな人を選んだんだな。

    吉川監督は「他人は自分と違う」と考えていそうな人。
    これは「他人と違う自分は偉い」というのとは、違う。どちらかというと「自分は少数派だ」という孤独なもの。
    このアニメだと「宇宙の支配者であるホーリーナイトメア社、プププランドの独裁者であるデデデ大王の両者に対し、星の戦士カービィが仲間達とともに反逆する」という物語に結実する。カービィもメタナイトも原作のゲームの時点で反逆者ではあるが、アニメ版は社会や世界と戦っている感じがさらに強い。
    「環境破壊は気持ちいいぞい」とか、「あえて他人と違うことをいってやろう」という「辛辣さ」が、このアニメの好き嫌いの分かれる大きな原因だろう。

    また、アニメとゲームは分けて考えていますが、このアニメはゲームを踏まえながら進めてきましたのでゲームと重なっているところがとても多いんですよ。ですから、その重なっている部分を、もっといい形で強めあい、高めあっていきたいですね。

    N.O.M 2001年10月号 No.39 アニメ『星のカービィ』制作現場突撃レポート!! - 関係者が語るアニメ版カービィの魅力 加藤直次プロデューサー(CBC)、谷村正仁社長(ハル研究所)インタビュー
    https://www.nintendo.co.jp/nom/0110/miryoku/


    最初から監修の桜井さんの他にハル研究所だけで、3名の設定協力がいるのは、このアニメとゲームをより重ねようという、任天堂とハル研究所の意図に沿う物だろう。
    絵に関してはアニメは、当時ゲームで表現できたカービィ以上のカービィを表現していた。



    山本 洋一さん

    名前の位置から察するに、この山本洋一さんが「設定協力チーム」のトップ。

    下記の記事での肩書きは山本 洋一(ディレクター)。
    記事の日付は、1999年で、『ポケモンスナップ』の開発に三年半かかったということから、初期からのメンバーの山本洋一さんは1995年の採用ということになるのだろうか。

    「樹の上の秘密基地」 「ポケモンスナップ」の情報・産地直送!
    (山本 洋一さんは、この記事に簡単なコメントがある。)
    https://www.1101.com/nintendo/nin5/index.htm

    『大人の常識力トレーニングDS』『みんなの常識力テレビ』『立体ピクロス』のプロデューサーの一人として山本洋一さんの名は記されているそうだ。ソースは下記。

    カービィwiki 谷村正仁
    http://ja.kirby.wikia.com/wiki/%E8%B0%B7%E6%9D%91%E6%AD%A3%E4%BB%81

    他にカビコレのスタッフリストに、プロデューサー ◾ 山本 洋一とある。

    参考 カービィwiki 星のカービィ 20周年スペシャルコレクションのスタッフリスト

    わたしが、昔勤めていた会社では、"課長"や"部長"はふつうにいました。これが、ジェネラリスト。おもにマネージメントであるとか、チームや会社の運営、全体を見ることが主体です。

    桜井政博のゲームを遊んで思うこと2 (ファミ通BOOKS)』P234 

    おそらく山本 洋一さんはアニメ『星のカービィ』の時点ですでになんらかの役職についておられた方なのでは。後の肩書きを見ても、桜井さんのいうジェネラリストの道を歩んだ方なのではないかと思われる。


    能登谷 哲也さん 

    ハル研究所に所属されている、イラストレーター。
    カービィwikiによると初代カービィ(GB、1992年)のころから、カービィに関わっている。そして星のカービィ 20周年スペシャルコレクション(Wii、2012年)にもアートワークとしてお名前がある。

    ●能登谷哲也さん
    株式会社ハル研究所所属。制作進行および、パッケージやマニュアルなども担当。
    「倉恒さんと、ダイスの皆さんとの間に入るのが仕事です。ふうふう」

    「糸井重里のバス釣りNo.1 決定版!」 ~釣りに行こう~
     制作スタッフ座談会 その6 (2000-04-07の記事)
    http://www.1101.com/nintendo/nin10/nin10_9.htm


    古参のイラストレーターとして、アニメの絵を監修するために関わったのか、それとも上記引用文のように「ア・ウンエンタテインメント(アニメ制作会社)とハル研究所(ゲーム制作会社)の間に入るのが仕事」だったのだろうか。


    山本正宣さん

    「樹の上の秘密基地」 「ポケモンスナップ」の情報・産地直送!
    https://www.1101.com/nintendo/nin5/index.htm

    この1999年の記事では、肩書きは山本正宣(デザイナー)となっている。

    『毛糸のカービィ』のインタビューによると、ハル研究所のキャラクタープロデュース課に所属し、同時にワープスターという会社にも所属されている。

    社長が訊く『毛糸のカービィ』
    https://www.nintendo.co.jp/wii/interview/rk5j/vol1/index4.html

    このインタビューによると、外部である株式会社グッド・フィールが、カービィのゲームを作れるように、絵的なこともふくめて、世界観を指導するのが山本正宣さんの役割だったようだ。『毛糸のカービィ』での役職名はキャラクタースーパーバイザー 。
    http://www.1101.com/nintendo/nin10/nin10_9.htm

    山本

    ワープスターという会社は、
    『星のカービィ』のアニメーションをつくるときに、
    カービィのキャラクターの管理をする組織が必要ということで
    任天堂とハル研究所が出資して
    2001年に設立された会社です。

    社長が訊く『毛糸のカービィ』
    https://www.nintendo.co.jp/wii/interview/rk5j/vol1/index4.html


    これは単純にグッズの管理だけではなく、マンガ版やアニメ版や後に発売される小説版等の公式の二次著作物の製作者に資料を渡したり、ダメ出しをする「設定協力」もここの仕事ということなんだろうか。
    となると、「設定協力」チームは、ワープスターという会社組織だったのかもしれない。そういえば、ワープスターはあるステージから、別のステージに移動するときに使う物だったな。「ゲーム ☆→ アニメ」みたいなイメージとか?

    「マンガに新作カービィの登場人物を出してください」と要望するかどうか判断したり、その人物の姿や口調や性格や能力などの資料を用意し、ラフやシナリオをチェックするのは、カービィというブランドを守った上でのビジネスに必要なことなのだろう。

    これなら、カービィをプレイしたことのない漫画家、小説家、アニメスタッフも安心だね。
    原作に愛のない公式二次著作物って、よく非難されるけど、クリアするのに数十時間かかりそうなゲームが何本もありますって、すみずみまでは無理だろう……。

    山本

    それからもうひとつ。
    実はWiiチャンネルのなかの『Wiiの間』で
    動画配信サービスをやっているのですが、
    9月上旬にアニメ『星のカービィ』の
    100話までの全配信を終えましたので、
    そちらのほうもぜひお楽しみいただきたいと思います。

    社長が訊く『毛糸のカービィ』
    https://www.nintendo.co.jp/wii/interview/rk5j/vol1/index4.html


    27話からスタッフロールに名前が載るほど、関わったのだから、ここで「ぜひとも」というのも自然だな。山本 正宣さんにとっては、アニメ『星のカービィ』も優れたスタッフと協力して成し遂げた、誇るべき自分の仕事だ。

    我々が参加してきたアニメ制作を振り返り、「アニメ制作の現場の方々からなにか学べるものはないか?」との主旨から、今回の「テレビアニメシリーズ『星のカービィ』展覧会2005」は企画されました。

    『星のカービィ』展覧会2005を終えて vol.1
    2005/08/03山本正宣 (キャラクタープロデュース課)


    この展覧会は、ハル研究所の社員向けの内輪の展覧会だ。ハル研究所内の会議室を使い、アニメの資料を張り、並べ、さらに山本さん自ら質問に答えるというもの。
    ハル研究所の側にもアニメの資料が、大量に保管されているということでもある。
    プププ大全に掲載されている、アニメの資料集ってハル研究所(ワープスター)が提供したのだろうか。

    山本正宣さんは
    星のカービィ 20周年スペシャルコレクションのスタッフロールに、
    「ヒストリームービー ◾ 山本 正宣 」
    と記されているので、ハル研究所内でカービィに詳しい人という役割なのだろう。

    参考
    山本正宣 カービィwiki
    http://ja.kirby.wikia.com/wiki/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E6%AD%A3%E5%AE%A3



    藤江宏志さん

    藤江宏志さんはスペシャルサンクスにしかお名前がない。
    カービィwikiの検索結果

    2000年入社という話があるので、アニメの放映時は新人のはず。まだカービィにも詳しくない時期だと思われるので、偉い人の助手的な役割だったのだろうか。

    参考 
    ものおき ロボプラを作った人達は何年に入社したのか?


    任天堂の別府裕介さん

    任天堂の別府裕介さんは2012.10.11公開の社長が訊く『Wii U』 本体 篇でこう紹介されている。このWiiの間は前述のようにカービィのアニメを放映したチャンネル。

    別府裕介=前 Wiiの間株式会社取締役社長。現 任天堂ネットワークサービス株式会社取締役社長。


    これが最新情報だろう。

    ビジネス開発本部副本部長(ビジネス開発室長)別府裕介

    日本経済新聞 人事、任天堂 (2015/9/15 11:53)
    http://www.nikkei.com/article/DGXLMSJJ60101_V10C15A9000000/





    まとめ

    アニメ『星のカービィ』には、桜井さんをふくめハル研内の大物から、新人までが関わった。おそらく原作者側に、想像以上に管理されていたアニメだったのだろう。
    原作者が漫画家や小説家の場合では「原作者に加え、原作に詳しいスタッフ4人が協力」とか、普通は無理だろうからな。
    いろいろなアニメがあるけれど、少なくともアニメ『星のカービィ』は原作者側が「好きにやってください」と言ったから、ああいうアニメになったんじゃないと思う。

    ハル研究所の側がアニメに深く関わろうとした理由は、当然ブランドの維持であり、海外もふくめた宣伝広報だ。
    でもそれだけじゃなく、アニメから技術を学ぼうとしていたんじゃなかろうか。
    3DCGのキャラクターをいかにかわいらしく動かすか。印象的な場面はいかにつくるか。シナリオでキャラを立てたり、感動させたり、笑わせたりするのはどうするか。
    アニメの『星のカービィ』の主要なキャラクターは、わざわざ当時珍しかった3DCGで作られている。もちろん、映画の世界では2001年には、ピクサーの『モンスターズ・インク』が公開されているのだけれど。

    NINTENDO 64から、ゲームキューブへの移行期。これからのゲームは動きもより細かくでき、シナリオも長くできるという、当然の予想がハル研究所にもあったろう。

    ハードの進歩によって、リアルなゲームは実写映画に、ギャルゲーは2Dアニメに、カービィのようなゲームはピクサーのような3Dアニメに、絵や動きが近づいていく。それは自然に近づいていったんじゃなくて、ゲームスタッフが映画館やビデオレンタルショップに通って、近づけていった。ゲーム会社に元アニメーターが採用されることも、珍しくなかった。

    『大乱闘 スマッシュブラザーズfor』のデデデは、アニメ後期のデデデの体型と仕草、表情をどれだけ受け継いでいることか。最初からアニメでも桜井さんの脳内のイメージ通りのキャラクターを作ってもらうつもりだったか、アニメでいいものができたら逆輸入するつもりだったんではなかろうか。
    もはや、「アニメに似ていた方が、アニメから入った人の違和感がない」という理由で似せるメリットは少ない。

    「ゲームとアニメは違う物ですが、今後アニメの長所はゲームに積極的に取り入れていきたい」と堂々と言えて、それが歓迎される状況にあれば、ハル研究所と任天堂にとって、アニメはもっと効率の良い投資だったろう。

    山本正宣さんはその方向性で、試みた人なのだろう。アニメが覚えられているうちなら、新規客層も開拓できる。常連には今までのカービィと違うという違和感もあっただろうが、カービィシリーズのコンセプトは「初心者向け」なのだ。アニメを見た人が初心者として、ゲームのカービィを手にとってこそ、アニメに多大な予算をかけた価値があるというもの。

    ここで『星のカービィ 鏡の大迷宮』と『星のカービィ 参上! ドロッチェ団』の開発に携わったフラグシップの話をしよう。

    株式会社フラグシップは、かつて存在したコンピューターゲーム開発会社であり、カプコンに所属していたゲームクリエイターの岡本吉起によって設立された。参考 ウィキペディア フラグシップ
    この特撮などの脚本を書いてきた脚本家が多く所属する、フラグシップ設立の狙いのひとつは「ゲーム用の脚本家を確保する」というものだったはずだ。実際、フラグシップはカプコンのゲームのシナリオを書いたり、ノベライズを担当した。

    この当時のハル研究所が発表していた作品の中で、いちばん物語があるのって、『星のカービィ スーパーデラックス』かな? という時代だ。
    いかにゲームのシナリオを向上させるか、という悩みはハル研究所のみならず、ゲーム業界全体にあっただろう。

    そして時は流れ、ゲームのシナリオライターがアニメ脚本家になるという、『魔法少女まどか☆マギカ』の虚淵玄さんのようなケースも登場した。

    現在のところ、ハル研究所はカービィシリーズ以外では、「1クールのアニメのような美しさと感動的なシナリオ」を目指すよりも「ゲームのおもしろさ」で勝負する方向にいっているのではなかろうか。ハコボーイ立体ピクロス2のように。



    あとがき 
    ゲームやアニメに関わる人というと、やはりクリエイターを想像しがちですが、今回は結果として「外部とのとりもち」や「まとめ役」といった方にスポットがあたりました。なにぶんにもご存命の人物に関わる話ですので、明らかな事実誤認などはお知らせください。
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    コメント

    本筋と関係しない、3つの記事の紹介

    記事を閲覧しました。HAL研のブランドマネジメントやキャラクタープロデュースに関するお話が聞けて大変興味深かったです。

    記事の本筋とは関係ありませんが、能登谷氏の立ち位置が分かりそうな記事と藤江氏の入社年を確定させた記事、そして藤江氏がHAL研ブログに投稿した記事の3つについて紹介したいと思います。

    まず1つ目についてですが能登谷氏は、「ポケモンスナップ」のシールプリントサービスの開発でディレクターのような立ち位置にあり、他社(ここではローソン)との交渉に赴く営業としての役割も担っていました。そのため、アニメの監修よりは両社の調整役と捉えた方が適切かもしれません。
    https://web.archive.org/web/20010124101600/http://www.hallab.co.jp/recruit/tour/03/main.html

    2つ目ですが、藤江氏の入社年は2000年としましたが、そう判断するに至った記事はこちらになります。http://web.archive.org/web/20020622152200/http://www.hallab.co.jp/recruit/diary/cgi-bin/view.cgi?selected_number=133
    『星のカービィ 夢の泉デラックス』から『星のカービィ ロボボプラネット』までのスタッフリストを見ましたが、「藤江」という姓を持つ方は彼しかいなかったためこちらの記事のみで確定するに至りました。

    最後ですが、藤江氏は2013年11月21日に「ブランドマネジメントとは?」という記事を投稿しております。
    http://web.archive.org/web/20160603132858/http://www.hallab.co.jp/company/blog/detail/000608/
    (アーカイブ化されておりますが、HAL研ブログのメニューにある記事の一覧表示から閲覧できます)
    ここでご本人が自らの役割を「タレントの所属事務所」と形容しており、例として三英貿易から発売された『アクションカービィ』を提示されております。当時の彼がこのような大役を任されたとは思えませんが少なくともそのような役割を担うよう育てられたであろうことは類推できるかと思います。

    以上です。

    コメントありがとうございます。

    趣旨にはあっています。この文章はアニカビやアニカビ後のカービィシリーズに対する「どうしてこうなった」という疑問のヒントだけでも、つかもうというものです。

    ぶっちゃけ「デデデは誰が作ったの?」という話が、どんどん広がってるだけかも……。

    ですから、どんな人がどう動いてああなったのかは、知りたい情報です。
    藤江さんと能登谷さんの詳しい情報を、ありがとうございました。

    それと、ご提示いただいた資料を読んで新たな疑問がわきました。
    2010年に山本正宣さんが所属していたキャラクタープロデュース課と、2013年に藤江さんが所属するブランドマネジメント課。これは、同じ部署が名前を変更した物なのでしょうか。別部門なら、どのような違いがあるのでしょう。そして誰かが、この課の「課長」なのでしょうね。
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