吉川惣司監督脚本回のエスカルゴンの考察

    今回は、吉川惣司脚本回のエスカルゴンについて語ります。

    エスカルゴンの悩み

    デデデとエスカルゴンのコンビ芸は、初期の吉川惣司監督自らの絵コンテと脚本でほぼ確立しているが、妙に色っぽい話の数々は吉川さんの担当回ではない。主に国沢真理子さんとあんの うんさんという、名前からするに女性の二人の脚本家によるもの。特に初回担当回が33話とかなり遅くに参加した、あんのうんさんの破壊力がすごい。このアニメが50話で終わっていたら、だいぶデデデとエスカルゴンの印象が違っただろうな。

    この作品の脚本が全て吉川監督だったら、エスカルゴンは今よりも小悪党らしく嫌われたり、ばかにされたりして終わったんじゃなかろうか。
    もっとも、それはそれでカービィをいじめ、やりかえされる悪役として、立派に役割を果たしたといえる。
    キャラに人気が出るかどうかよりも、視聴者が笑うことの方がまずは大切だ。
    『スターウォーズ』のC-3POやアニメ版『妖怪ウォッチ』のウィスパーみたいに「ひどい扱いを受ける道化」なんだろう。まあグッズやDVDを考えたら、キャラ人気は重要なんだけどね。

    でも、ボトムズを見るに全話吉川脚本でも、エスカルゴンはまた違った方向にデデデへの愛をこじらせていそうだ。

    公式サイトのエスカルゴンのキャラ解説はこうだ。
    大王に気に入られたい一心で、いろいろなおべんちゃらを使ったりするが、裏目に出てしまうことの方が多い。反面あまりにぞんざいに扱う大王に、不満がないわけではなさそう。
    星のカービィ/ドクター・エスカルゴン

    確かに、吉川エスカルゴンの悩みは、最初はこうだったろうな。
    この「気に入られたい」はそれ自体で成立する欲求だろう。「気に入られれば給料アップ」とか「気に入られれば殴られない」とか「気に入られれば権力を手中に」とか、考えてないこともないだろうが、それは吉川エスカルゴンにとって、副次的なものだ。
    この「気に入られたい」は「おまえは忠実で優秀な部下ぞい」とほめられたい、という方向性のものだ。高いハードルだな。
    吉川脚本の第1話や第2話や第13話や第31話や第41話はこの路線。
    裏目に出てしまう、というのは単に「口がすべった」というだけではなく、その「陛下、私を認めてくださ~い(笑み)」みたいな態度自体が「役立たずのくせに、重用を求めるとか図々しいぞい(殴る)」みたいな反応を招いているのでは。「その卑屈な態度そのものが、気にいらんぞい」かもしれない。

    前半の吉川エスカルゴンは「ツンデレ」ではなく「デレツン」だ。表向きは笑顔でへつらい、裏では「ほんとに強欲なんだから」とか言う。むしろ1話でおんぶしたり、5話で抱き合ったりするデデデの方が「ツンデレ」な感じ。これは放映開始当時のカービィのゲームの最新作が『星のカービィ64』だったからだろう。

    吉川エスカルゴンの「気に入られたいが、うまくいかない」はこういう悩みとして面白い。だけどこうするなら、エスカルゴンをデデデより、やや年下にした方がよかった。
    そしたら、「がんばっているのに父親に認めてもらえない」という悩みをもっている小学生あたりに受けたかもしれない。
    さくま良子先生のまんが『星のカービィ』も、ひかわ博一先生の『星のカービィ デデデでプププなものがたり』も、デデデの側近は年下で童顔のポピーなんだよな。
    デデデを父親役とするなら、デデデが期待をかけているのは魔獣であり、関心を持っているのは、優秀で反抗的なカービィであり、エスカルゴンはただの日常なのだ。
    吉川監督がボトムズの時に描いたペールゼンとキリコとリーマン、ゴン・ヌー将軍とキリコとカン・ユー大尉の関係が、デデデとカービィとエスカルゴンの関係に近いだろう。
    上司を父親とするなら、才能があって反抗的な息子の方が期待され、まじめで従順な息子の方が不満を持つ話。
    聖書でいえば、「放蕩息子のたとえ」が近いかな。兄弟のうち、弟は父親に背いて家出して財産を浪費したが、兄は父親にずっと忠実だった。あるとき家出した弟がかえってきたので父親は祝宴を開いた。兄はずっと仕えてきた自分のためには祝宴を開いてくれたことなどないのに、と文句を言った。

    でも、そのうち吉川エスカルゴンの悩みも「陛下があほで苦労が絶えないでげす」みたいな方向に。ひかわ先生や、それにならう国沢さんはこんな感じ。
    吉川脚本の「たとえ最悪な上司であろうとも、上司に認められたいのは当然」というのが、思ったよりも当然じゃなかったとか? それともギャグ重視でそうなった?

    国沢脚本回の第12話「デデデ城のユーレイ」でエスカルゴンが訴えた悩みは「陛下がいじめるんでげす」という、わかりやすい悩みだった。そして復讐を試みる。
    もし悩みが「陛下にほめられたい」なら、自分で幽霊騒ぎを起こして、自分でその幽霊を退治してみせて「陛下はこの私がお助けしたでげす。だからボーナスをアップして」という方向に企むような。なお、こういう話はすでにひかわ先生のまんがにある。デデデに首にされたポピーがカービィ達の助けを得て、一芝居打ち、再び家来になろうとする話だ。
    同じく国沢脚本回の第25話「エスカルゴン、まぶたの母」は、エスカルゴンが母親に「おまえは立派な息子だよ」と言われたいがために、村中を巻き込む話だ。
    これ、脚本家同士でエスカルゴンが「誰に」ほめられたいかの、ずれがあったような。
    あんのうん脚本の第39話「忘却のエスカルゴン」の「陛下に存在自体を認めてもらえないでげす」という悩みの方が、吉川脚本の初期設定には沿うかもな。

    まあどの脚本家の回であろうとも、エスカルゴンがデデデに「おまえは有能で助かるぞい」みたいなことを、言われる日はこなかったな。国沢脚本の第42話だと「よくわしのお仕置きをよろこんでくれた」だし、柔美智脚本の第94話だと「おまえはいつでもわしの味方ぞい」だな。
    これらをいい方に解釈すれば吉川脚本の第5話みたいに「無能でもいいから、一緒にいてほしいぞい」ってことになるんだろが。

    吉川デデデは普段はあまりエスカルゴンを頼りにしていない。カスタマーとその魔獣を頼り、ワドルドゥやワドルディ達、村人に命令する。
    第二話の最初の方でエスカルゴンがこの私にお任せを、みたいなことを言ってデデデが持っていた双眼鏡で殴られている。実際、吉川エスカルゴンは役立たず。第41話の眠気覚ましコーヒーとか、全く効いていない。

    給料の問題はあるにせよ、吉川エスカルゴンには他の誰よりも、デデデに気に入られたいという欲がある。「ププビレッジ年忘れ花火大会」の時にサスケに嫉妬しつつ、自分を売り込んでいたり、「私よりもメーベルを信用するんでげすか」と第41話で言ったり。

    吉川デデデはエスカルゴンが自分以外の人物に同調すると、カッとなるらしい。
    第14話 「夢枕魔獣顔見勢」で、カスタマーを囃すエスカルゴンを不機嫌なデデデが「黙れ」と叩くし、メタナイトのいうことに従い枕を差し出したエスカルゴンを「この裏切り者」と叩いているし、第77話 「ロイヤルアカデデデミー」では、フームの解説に同意しただけのエスカルゴンを「何を感心している」とハンマーで叩いている。
    吉川脚本には「主人はただ一人だが、下僕はたくさん」の非対称な関係を前提にした、嫉妬の気配がある。
    他の脚本家では、山口伸明脚本の第56話「わがままペットスカーフィ」冒頭部分のデデデとエスカルゴンと、デデデお気に入りのペットになったスカーフィの、三角関係でのエスカルゴンの嫉妬「んまー デレデレしちゃって デレデレ大王でげすな」があるな。この時のエスカルゴンは、軽く指を唇にあてる仕草をしている。

    吉川エスカルゴンは典型的な「上に媚び、下に威張る」権威主義者ではあるが、媚びているというより、耐えている。下に威張っている場面としては、第一話の「大王様、こいつらみんな極刑でげすよね」とか、第77話 「ロイヤルアカデデデミー」回のペイントローラーに対する「このたわけもの」とかがある。まさに虎の威を借る狐。
    メタナイトのソードとブレイドのように、エスカルゴンに人語を話す直属の部下がいたら「無能で意地の悪い中間管理職」という漫画によくある人物になっただろう。まあカン・ユーだな。国沢脚本の第25話「エスカルゴン、まぶたの母」や、あんのうん脚本の第88話「はだかのエスカルゴン」で、助けてくれているフームやブン達に、文句を言うエスカルゴンはそんな感じ。
    でも結局エスカルゴンに部下らしい部下はいない。ワドルドゥ隊長はおそらく陛下の直属の部下。
    そしてデデデ大王の他の部下である、ワドルドゥ隊長やメタナイト卿やパーム大臣との関係は薄め。メタナイトがたまには陛下を助けるとか、パーム大臣がなんか陛下の役に立つとか、100話あったんだから、もうちょっとなんとかしてもよかったんじゃなかろうか。
    結果として、デデデとエスカルゴンは「他に友人がおらず、お互いに忠実な閉じた関係」だった。カスタマーは画面の向こうにいるしね。

    エスカルゴンの暴言

    しかし吉川エスカルゴンでさえ、デデデにお世辞らしいお世辞を言っている場面がほぼない。「陛下はいつもカッコイイですね」は劇中劇ならぬ、アニメ中アニメの台詞。同じく国王であるパタリロ殿下は、周囲のタマネギに悪口を言われると共に、おべっかを使われまくっているというのに。エスカルゴンは寵臣ではあれど、佞臣の名には値しない人物だな。

    吉川監督の過去作にバレリア星救出作戦 (講談社X文庫―Galactic Patrolレンズマン)
    というのがあって、そこにちょい役だがインガソルという人物が登場する。

    彼はクルーの最高年齢者で、ちびで、驚くべき知能指数の持ち主だったが、その態度は天才の名にふさわしく、無遠慮そのものだった。

    この人物の言っていること自体は真実だったが、それゆえに同僚の大男を怒らせ、襟首をつかまれて、つるし上げられる。
    時期的にも、マモーとエスカルゴンの中間の人物なのかな。
    どうも吉川監督の脳内には「小柄な老人科学者」が、常駐しているらしい。
    ちなみにこの科学者の血液型は、B型だそうな。

    エスカルゴンが暴言ばかりはいている理由は、「才能のあるやつは気遣いがない」というステレオタイプが、背後にあるんじゃなかろうか。才能の代償というのは、文学的ロマンでもあるな。

    ちなみに「アニメ・シナリオ入門 (シナリオ創作研究叢書)」鳥海尽三にはこうある。

    S型(分裂質)
    非社交的でマジメ。ヤセ型。内気、神経質、貴族性。
    (中略)
    7,お世辞や愛想が云えず、融通が効かない。

    この分裂質、というのは精神分裂病に近い、という意味。現在では統合失調症に近い、となるか。
    おそらく、失調型(スキゾタイパル)パーソナリティ障害と呼ばれるような、精神的な傾向が想定されている。

    単に気遣いがないというのなら、自閉スペクトラム症(ASD)の才人という可能性もある。しかしどっちもあまり他人に関心を持たない。エスカルゴンは特定の他人に関心を持っている。もっとも自閉スペクトラム症には積極奇異型というタイプがあって、それは無遠慮に受け取られるようなやり方で他人に関わろうとはする。
    でも口が悪い以外に目立った失調型や自閉傾向の特徴がないので、エスカルゴンは生まれつきの問題が何かあっても軽度だろう。
    子供をほとんどほめない父親に育てられたので、「自信がなく」「他人をほめない」という性格に育ち、今でも上司のほめ言葉を期待して努力する日々を送っている、という生い立ちの問題でも説明はつくからな。

    デデデが殴りながらも、エスカルゴンを解雇しない理由は「科学者というのはそういうもんぞい」みたいなあきらめがあるのかも。
    考えようによっては、居場所のないコミュ障を拾った理解ある保護者なんだけど、相手の問題行動と本人の人格から虐待しまくりという話に。


    デデデとエスカルゴンの関係については、殴りまくるデデデだけに問題があるわけじゃない気がする。デデデの側にいるから、印象が薄いが、エスカルゴンもかなり意地悪で欲深で攻撃的な性格の、悪役らしい人物である。
    自分を殴る相手をパートナーに選んではいけないように、面と向かって自分を馬鹿にする相手をパートナーに選んではいけない。
    この二人はなぜわざわざコンビになったのか。出会った当初はデデデももうちょっと優しかったし、エスカルゴンも可愛げがあったが、年月の経過により腐れ縁になったとか。

    吉川エスカルゴンのデデデに対する悪口は、初期の方は陰口だったり、失言だったりするのだが、途中からはわざと意地悪してる。
    デデデの側も彼なりに、エスカルゴンの言動にがまんをしているから、この関係は成立している。
    ひかわ博一先生はここを突っ込んでいて、「ポピーにがみがみ叱られて、耐えられなくなったデデデが家出」という話がアニメ放映時期にあった。

    普通、ケンカになるほど言い返す側近とかいやだろう。それもしょっちゅうだ。
    アニメのデデデ大王もケンカになるのを避け、上司に対し口を慎むタイプの温和な側近を雇った方が、穏やかに過ごせるんじゃないだろうか。それともこれまでの側近全て、デデデの暴力に耐えかねて辞職したとか、何か事情があるんだろうか。それとも、口答えする相手を殴るのが好きとか、ケンカした後に抱き合うと感動できるとかなんだろうか。
    中期にはエスカルゴンが無礼な言動をして、デデデがにらむが何も言わないというような描写が他の脚本家の回を含めていくつかあった。
    後期になると笑って流すようになる。
    第64話 「新春! カービィ・クイズショー」の冒頭のエスカルゴンの「あほと前向き紙一重」に「そんなにほめるなぞい」とか。
    うん、あほと鷹揚紙一重な感じ。まあ普段に比べればほめてるよな。
    第73話「まわれ! 回転寿司」では、「おい アナーキスト」と突っ込まれて、デデデが怒りながらもしょぼんとする場面もあったな。
    大人になったのは、デデデの方のような気がする。
    それとも、うっかり愛を深めてしまったので、エスカルゴンにため口きかれても許してるのかな。
    ローレンツはカラスを観察して、「カラスは群れの順位が自分のすぐ下のカラスに厳しいが、自分よりかなり下の順位のカラスには寛大である」と書いている。ソロモンの指環―動物行動学入門 (ハヤカワ文庫NF)より。
    これを当てはめるなら、最初の頃はデデデ陛下はエスカルゴン閣下を自分の地位を狙う者として警戒していたが、そのうちそういう心配をしなくなったということだよね。
    第25話「エスカルゴン、まぶたの母」脚本 国沢真理子や、第55話「ある愛のデデデ」脚本 あんのうんを見ると地位の心配も、もっともだな。
    カービィの活躍でデデデは自分の地位を狙う者として、まずカービィを考えるようになったから、エスカルゴンに対するあたりがやわらかくなったのかな。

    吉川エスカルゴンが途中から強気になる理由を、吉川監督が辛辣なものいいが好きだとか、視聴者に受けたとか以外で考えるのなら、自分が知力で勝っているという自信かな。「だいたい王者たるものが字も書けなくって」第83話「魔獣教師3」というように馬鹿扱いすることが多い。他は人格に関する評価が辛辣かな。
    「魔獣教師3」の描写を見るに、吉川デデデは彼なりに自分が愚かだということを自覚し、恥じているっぽい。そこにエスカルゴンの目から見ての、隙がある。
    馬鹿を自覚しているなら、他人のいうことを素直に聞けばいいのに、と思うかもしれないが、それこそ傀儡になっちゃうので、デデデも抵抗する。
    お互いに攻撃的だが、不安を抱えたもの同士が、相手の弱気に乗じて、主導権を握ろうと押し合いしている感じかな。

    逆にデデデがエスカルゴンに勝るのは、腕力である。
    彼らは力自慢と頭脳自慢という典型的なコンビなのだ。
    臆病で力の弱いエスカルゴンは、プププランドで一番長身で恰幅のよい、デデデが好きなんだろう。ボクシングで人気があるのはヘビー級。プロレスでも、大柄なレスラーに人気が出る。アメリカ大統領選挙だって身長が高く、体重が重い候補が有利なのだ。
    参考 アメリカ大統領選挙は身長体重次第?
    男は強い男が好きだ。いつもカービィにやられるので弱い印象を受けるが、プププランドではデデデは腕力でも強い男のうちだ。デデデ大王は悪役らしく、「権力・財力・腕力」を兼ね備えている。カービィがくるまでは、デデデ大王より戦って強いのは彼の家来である、メタナイト達しかいなかっただろう。デデデ大王より強くて人気があるカービィは、王座を脅かす存在だ。
    吉川エスカルゴンは強い者に従っているのだけれど、それは単に逆らって殴られると嫌だということではなく、色々な意味で力を求めているのだろう。

    中盤あたりからは、吉川エスカルゴンも「相手を馬鹿にしながら、べったりくっつく、自称しっかり者」という国沢脚本の共依存路線まっしぐらだ。ある文脈で悪徳と言われるような生き方を、悪役がしているのは、逆に正しいといえる。
    よい子はまねしないように。

    でも、こういう怒りっぽい夫を持った妻に対する専門家の助言というのは、どうも「逆らわずに、ほどほどに優しくしてあげましょう」というものみたいだ。
    もちろん、一番に来るのは「距離をとりましょう」なんだけど、別れない前提ならそうなる。
    いらだって暴力をふるうような相手に、正面から逆らったり、しかりつけたり、暴力に暴力で対抗したらどうなるか……相手は不機嫌になり、言うことを聞かず、暴力が激しくなるだけ。
    そしてやがてはケンカ別れすることになるんじゃないだろうか。
    それなら、今すぐ別れる準備をはじめるか、相手を愛する覚悟を決め、憎まれないように努力しましょう、ということになる。
    だから初期の吉川エスカルゴンのように、じっと耐えるというのも別れないつもりなら、常識的な対応だ。
    また、デデデと一緒にいるという選択をすると共に、攻撃を控えた国沢エスカルゴンも正しいな。見ててかわいそうだけどね。

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