精神医学書に記された「憑依」

    憑依という現象は精神医学と民俗学、人類学、宗教学などにまたがる複雑な問題である。

    何らかの霊に憑依されたと訴えるのは若い女性が多い。彼女らは、「心霊現象」として、お祓い師に任されるのが伝統だった。
    悪霊が祓われた後は、彼女ら自身が新たなお祓い師になることも多かった。
    精神科医といういわば新参の存在が、それらの治療に乗りだして、「憑依(解離)」に関して科学的な研究を世界的に進めている。
    まあ今時の普通の人には「祈祷師」のつてなどないだろう。精神科医は簡単に探せるが。
    水木しげるの『のんのんばあとオレ』は拝み屋の妻と少年の交流を描いた作品だ。この作品に描かれた時代は昭和初期だ。現代では田舎ですら難しい話だろう。
    日本における憑依の歴史については、『日本の憑きもの』や『神子と修験の宗教民族学的研究』という本を参考にどうぞ。

    米国精神医学会がまとめた『DSM‐IV‐TRケースブック』という本がある。
    この中に「憑依体験」の例がいくつかおさめられている。憑依は精神医学の世界では多くの場合「解離」という言葉を使って語られる。

    憑依に関する資料としては、旧版である『DSM‐IV‐TRケースブック』の方がおすすめ。
    数例しか載っていないが、最新版の『DSM-5 ケースファイル』では解離の症例はあれど、「憑依体験」はひとつもないからだ。

    DSM‐IV‐TRケースブック』には「世界各国からの症例」という章があって、アフリカの「心霊憑依運動」や中南米の「幽霊」に取り憑かれた女性の話などが載っている。

    アフリカではまだ「霊がついた女性」が「魔術師になった存在」として好意的に受け止められる余地があるようだ。
    中南米の症例でも「霊がついた女性」が「魔術師になった存在」として祈祷師のコミュニティに所属し、やがてトランス能力が衰えて普通の女性になる話がある。
    しかし「霊がついた女性」は「悪霊に苦しめられる存在」でもある。キリスト教化された世界からだろうか。

    「憑依」や「悪魔憑き」というのは、フィクションではよく目にする現象ではあるが、専門書で読んだことのある人はそれほど多くないだろう。
    ということで、コロンビアの「幽霊」という14歳の少女の症例から引用する。病名は「特定不能の精神病性障害(暫定診断)」。

    あるとき、朝食の際にウルスリナは誰かが滑らかで氷のように冷たい手で彼女を抱き、自分の目が塞がれるのを感じた。

    彼女がお祈りを捧げると彼はからかった。彼女の手から十字架を叩き落とし、「おまえや皆がどれだけ祈っても、私は決しておまえを離さない。おまえは永久に私のものだ、さあ来い、行こう」と彼女に言った。

    彼女がシャワーを浴びているとニヤッと笑って「さすってほしいかい」と聞いた。ある日、彼女の左胸を強くにぎったので彼女は痛みで気を失ってしまった。


    悪霊にとりつかれて、体をさらわれたり、裸を見られたり、俺のモノ宣言をされるのは、どっかの二次創作でもありそうだが、こういう学術的な本にもそういう記述はある。

    他の「悪霊と霊柩車」という症例(病名は、「解離性トランス障害を伴う、大うつ病性障害」)にも、寝ている自分の上に乗った霊に性交を迫られるという記述があった。
    どうみてもインキュバスです。

    「若い女性が悪霊に取り憑かれた」と聞いて、
    「その霊は性的な悪戯をしかけてくるんだろうか」と考えても「だいたいあってる」のだ。
    つのだじろうのまんがにもこういうのがあったような。
    ただ上記の症例は全文読むと、『エクソシスト』的な怪奇現象だ。「霊が実在する」とされる文化では、個人の空想であるはずのものが、家族や周囲も巻き込む。

    現代では解離性障害と診断される女性のどれだけが「悪魔と交わった魔女」として、中世のヨーロッパで処刑されたのだろう。

    手持ちの本の症例に「男性が女性の悪霊に誘惑される」というのはなかった。
    西洋の伝承ではサキュバスのことになるだろうか。
    アレイスター・クロウリーの小説にはそういう話もあった。

    男性が男性に取り憑く。
    一神教の神は基本的にこれ。男性である神の声を聞いた男性が教祖になるのは、現代でもよくある光景だ。
    だが、「憑依」の症例として、男性に男性が憑くのは手持ちの資料になかった。
    多重人格者の症例としては、男性の中に男性の人格があるのはよくあることのはずなんだが、男性はそれを「憑依」ととらえないのだろうか。
    有名なビリー・ミリガンは男女混合チーム。

    女性が女性に取り憑く。
    女性の中に女性がいる、多重人格の症例としては映画版『イブの三つの顔』原作『私という他人―多重人格の精神病理』が有名だが、「憑依」としてはあまり聞かないような。


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