アニメ『星のカービィ』のデデデのトラウマについての考察(後編)

    この文章は前編より続いています。
    アニメ『星のカービィ』のデデデのトラウマについての考察 (前編

    メタナイトの過去


    明示された過去からは、メタナイト卿の方がPTSDになりそうである。何度も戦闘を重ね、戦友の死を何度も目撃しているんだよね。きっと銀河戦士団壊滅直後は、辛かったに違いない。数万年?かけていやされる心の傷って、スケールでかいな。

    メタナイトは親友の死を乗り越えたつもりだったが、今でも目の前で仲間が死んだ時のことは思い出したくない。何かのきっかけで思い出すと、悪夢を見たり、ついぼーっとしてしまう。「卿、剣をとり落とすなんて、どうしたんですか」「ぽよー(心配そうな声)」「いや、何でもない」とかいような話だったら、PTSDをふまえてもいいかもしれない。でも病名は出さない方がいい。

    過酷な戦場を生き抜いたメタナイトが現在は何もなさそうなのに、デデデの症状が重そうなのはどうしてだろうって、疑問がわいてしまうね。
    デデデの過去って、メタナイト以上なのだろうか?
    もちろん、メタナイトの戦いは青年や壮年に相当する時の話だろうし、デデデの心の傷は幼少期の話だから、後者の方が影響がでかいといわれればそれまでだ。

    ところで、デデデは毎週のように「危うく死ぬまたは重症を負うような出来事」を体験している。
    「もう炎で焼かれたり、爆発で吹き飛ばされるのは嫌だから魔獣はよばんぞい」
    とか、トラウマに縛られるデデデ……イメージが違う。
    大人になってから、タフになりすぎじゃなかろうか。

    ちなみにこの「やられ役の精神的健康問題」は、アニメに先行してひかわ博一先生のマンガ『星のカービィ―デデデでプププなものがたり (7) (てんとう虫コミックス)』第8話「デデデ大王、ストレス解消に悪戦苦闘する!!」で、ネタになっている。
    毎回カービィにやられて悲惨な目にあうデデデが、すっかり抑うつ状態になる話だ。 ひかわデデデの病名は「適応障害」だろう。たぶんカービィがいなくなれば、平穏に暮らせる。

    マンガ版も似たような状況になっているとはいえ、精神障害の重症患者が自業自得とはいえ、毎週のように激しい暴行に晒されているアニメ番組ってどうなんだろう。PTSDの治療の基本は安心させて、不安からくる諸症状を緩和することだろうに、これは、悪化するだろう。
    それにデデデの脳が見てわかる程のダメージを受けているのなら、多少改善することがあっても、完治は難しいよね。
    まあそんなことを言い出したら、元被虐待児の治療にあたっている医療従事者や福祉関係者や本人やその周囲の苦労を否定することになるので、完治はなくとも改善があれば、いいじゃないかってことではあるんだけど、この「魔獣教師3」は何ひとつ改善しない話だ。
    あんのうん脚本の第79話 「ボンカースあらわる!」では、ボンカースに改善があるんだけどね。
    チップ先生のような立場の人物にできることは、虐待されている子供を見つけたらPTSDになる前に、児童相談所に通報することじゃなかろうか。当のデデデが作らない限り、ププビレッジに児童相談所などなさそうだけど。

    あと、アメリカのカートゥーンでは精神障害ネタがあっさり出てくると言えば、そうなんだが、病気ネタと言うより、治療ネタなんだよね。教育的でしょ?
    「シュガーラッシュ」の冒頭のクッパとザンギエフその他の会話も、グループセラピーの場面だ。日本語版でしか見てないから、英語ではどういう会話だったのか知らないが、クッパの病名はなかったような気が。ちなみに「シュガーラッシュ」の女性兵士は、見事なトラウマ持ち。
    スター・ウォーズ 反乱者たち シーズン1 ブルーレイ コンプリート・セット [Blu-ray]』は両親が帝国軍に連れて行かれて、孤児として生きていた主人公が養父にあたる師匠との関係に、新たな希望を見いだす話。自分は見捨てられたと思っている少年の心の傷がていねいに癒やされる話だ。新しい学説に則っていそうなところがすごい。

    漫画でトラウマというものを簡潔に表現したものは、「耳をかじられてから、ネズミを見ると恐怖で逃げ惑うドラえもん」だろう。
    他に「のだめカンタービレ」の主人公の彼氏のトラウマ。
    「幼い時に飛行機事故に遭い、目の前で人が死んだ。その後、怖くて飛行機にのれない。その傷は主人公の催眠術で癒やされ、飛行機にのれるようになる」
    催眠術とか安易とか思われるかもしれないが、あっさりなおりすぎだとしても、催眠は実際にトラウマの治療に使われる。漫画なりに正しい展開といえる。


    精神医学と魔術は両立するか?


    最初からデデデのPTSD設定はありましただと、また別の問題が生じる。
    PTSDだっていうことは、前述の通り強い解離傾向があるというのも同然。

    それのなにがまずいのか、『DSM‐IV‐TRケースブック』冒頭の外傷後ストレス障害(PTSD)の症例「魔法」を紹介する。
    セリア・ベガは21歳の女性,プエルトリコ生まれ,警察により,手錠と足鎖をはめられ,市立病院の救急部に運び込まれた.(中略)彼女の顔と手には,前夜の出来事による打撲傷や引っ掻き傷があった.(中略)当直の精神科医は,彼女に何事が起こったかと尋ね,彼女は,ずっと一緒に暮らしているボーイフレンドの家で皿を洗っていたところ,胸が痛み出したという. ボーイフレンドの母親が,横になるように言ったが,その次に覚えていることは,鎖をつけられて救急室にいたことだという. (中略)彼女の話では,このようなことは17歳以降,以前に何度も起こったという.(中略)このようなエピソード中には,彼女は大声を上げ,噛みつき,蹴飛ばし,時々自分を傷つけるためナイフをとろうとしたという話である.(中略)9歳のとき,彼女と姉は車で学校に迎えに来てくれていた叔父に,何回も性的暴行を受けていた. 姉がこのことを母に話したが,母はそれを信用せず,何もしてくれなかった.(後略)
    つまり、アニメ第一話のデデデのように「いきなり凶器を振り回して暴れ、その時の記憶がほぼない」というのは、精神医学の文脈では解離性エピソードとされ、外傷的な出来事(トラウマ)が過去にあれば、睡眠困難やいらいらなど、前述の他の症状を踏まえた上で、PTSDの診断が下される。上記の症例では解離性の発作のことを、患者自身は「魔法」と呼んでいた。
    いきなりあばれるのは薬物や統合失調症の可能性もあるが、ここでは触れない。
    またPTSD患者にはこういう特徴がある。
    PTSD患者は他の精神疾患群に比して催眠感受性が高い(催眠にかかりやすい)

    解離性障害 (新現代精神医学文庫)

    催眠にかかりやすいっていうのは、暗示に弱い、つまり操られやすいってことね。

    そうか、デデデの操られ体質は幼少期のトラウマに起因する解離性の発作だったのか、ってそこまでいう気も制作者側にはないわけでしょ。まさか、あったのだろうか……?

    それと、この世界で魔物を召喚(魔獣をダウンロード)しているのは、デデデだ。
    で、解離の症状として、「幻視」があるんだよね。前述の「魔法」の患者も、自分を襲った叔父の顔を幻視して突如暴れ出している。

    以下、「まさかとは思いますが」で一部で有名な林先生のサイトより。
    そんなある日、小学四年生の夏の土曜日の事でした。大人は誰も信じてくれませんでしたが、私は通学路で巨大バッタとすれ違いました。
    (中略)
    この幻視は統合失調症らしくありません。解離の症状としての幻視でしょう。
    【2911】巨大バッタとすれ違いました。統合失調症でしょうか。

    これが映画か短編小説で、最初に魔物がいる世界が描かれ、後でPTSD等の病名が出てきたら、魔獣は精神病院に入院しているデデデの幻視で、カービィが空想上の友人だったり、メタナイトがお気に入りのフィギュアだったり、フームがナースだったり、エスカルゴンが主治医だったりとかいうサイコホラー展開が予想できる。

    魔物(魔獣)の実在する世界で、魔物を呼び出し、魔物に憑かれる人物にPTSDをにおわすのは、視聴者に無用な混乱を招く。
    魔法なのか、精神障害なのかどっちなんだよ、という話になってしまうからだ。
    このアニメがそうならなかったのは、トラウマ関連の話を一場面で投げたからである。
    アニメ版『星のカービィ』では魔法が実在するのだから、登場人物のおかしな言動を安易に精神障害扱いしてはいけない。

    あくまでも魔物が実在する物語ならば、精神医学は論破の対象でしかない。
    こんな感じで。

    想定は55話「ある愛のデデデ」でエスカルゴンが、ヤブイに「ある日突然怒らなくなった」デデデの診断を頼む場面。

    ヤブイ「これはきっと幼い頃のトラウマが原因の多重人格(解離性同一性障害)だな。普段とは別人になる病気じゃよ。」
    エスカルゴン「はあ。でも、私は陛下に長くお仕えしているでげすが、こんなことは初めてでげすよ。多重人格だったら、もっとしょっちゅう人格が、入れ替わるんじゃないでげすか?」
    ヤブイ「それでは、急性ストレス障害による、感情の麻痺かもしれん。最近死にかけたり、重傷を負ったりしなかったかな。」
    エスカルゴン「えー、先々週も陛下は私と一緒に爆発で真っ黒になったでげすが、それぐらいで陛下の心が壊れるわけないでげしょ? もういいでげす。」

    その後、やはり魔獣の仕業だったという方向に話が展開する。

    デデデの成績が異様に悪いということについて、魔獣なしで、軽い感じで書くならこんなのどうだろうか。これは軽い解離傾向を想定したもの。結果として「集中力がない」と教師に評価されるだろう。

    「陛下、なんで0点取ったんでげすか?」
    「授業がつまらんから、ずーっと夕食のことやカービィの倒し方を考えていたぞい」
    「あちゃー、それじゃ学校に行く意味ないでげすよ」


    他の吉川惣司作品


    デデデのトラウマに関して、どの程度の想定がこの時点であったのかの参考として、過去の吉川惣司作品を分析する。

    トラウマがあるなら、「何に」トラウマがあるのかは、重要な問題だ。
    デデデは何が怖いのか。おばけ?
    ゲーム版なら、星のカービィ第1作のデデデ大王の説明の「国中の食べ物を奪ってしまった」を真に受けて、きっと飢えで死にかけたことがあるのだろう、とでも推測するが。


    1話で解決してしまったが、実はそういう描写はあった。
    この第83話に先行する、吉川監督脚本回の第41話 「メーベルの大予言! (前編)」はデデデが「燃える玉」という悪夢を見て、カービィを恐怖するようになり、困ったフームがメーベルというカウンセラーを連れて、デデデを知ろうとする話だった。この話はファンタジー作品らしく「予知夢」という魔術的な方向に展開するのだが、このフームの行動はデデデに何か心的外傷体験や、現在のストレスがあって、悪夢を見ているんじゃないかという推測に基づいてのものだろう。
    これと似たような描写が、吉川惣司脚本の『MOTHER~最後の少女イブ~ [VHS]』というオリジナルアニメにある。これは『ぼくの地球を守って』(1986年 末から1994年にかけて「花とゆめ」で連載)と同時代らしい作品。

    主人公のイヴは記憶を消された少女。彼女は自らの過去を、森の暗闇を見つめることで取り戻そうとする。 その時、彼女は部屋中が燃える幻覚を見る。錯乱したイヴのほおを、駆けつけた女教師のテオドラがたたき、彼女を正気に戻す。イヴはテオドラにすがりつく。その後イヴの超能力が開花する。
    この要約のために参考にした資料は、吉川監督による小説版。『MOTHER 最後の少女イヴ オリジナルストーリー

    また『ザ・ファーストレッドショルダー―装甲騎兵ボトムズ (アニメージュ文庫)』の冒頭にも似たような描写がある。
    主人公のキリコは、少年の頃に兵士達に両親を目の前で焼き殺された。本人も焼かれたが「異能者」であったため、生き残った。
    文字通りのトラウマ体験である。本人はその記憶を忘れている。無理に思い出させようとすると、錯乱状態に陥る。
    作中で主人公は「神経症患者」と呼ばれている。

    今は神経症という言葉は使われないが、ボトムズの時代なら症状の描写も含めて正しい。この時代なら、フロイトのヒステリーの治療のように「つらい記憶を取り戻すことで、神経症的な症状が消える」というこの小説の流れで正解だろう。参考フロイトの神経症論(固着点への退行と反復)
    まあ『虫プロ興亡記―安仁明太の青春』によると、吉川監督の最初の職場は、アニメーターが次々神経症になるような職場だったらしい。

    デデデにもイヴやキリコのように、失われた記憶と隠された超能力があるのかもしれない。『星のカービィ』の世界観だと「超能力」ではなく「憑依した何かの力」だったりしそうだ。ちなみにキリコの「超能力」は「殺しても死なない」だ。ひかわデデデあたりにぴったりだね。

    炎にまかれて死ぬ描写は、吉川作品に多い。『ルパンvs複製人間』のマモーも燃えながら不二子に手を伸ばして死んでいる。『装甲騎兵ボトムズ』の吉川脚本回のボローはイプシロンによびかけながら、燃える建材の下敷きになって死んでいる。 吉川監督は1947年生まれ。直接の戦争体験がある世代ではないが、少し上の手塚治虫先生が自伝『ガラスの地球を救え―二十一世紀の君たちへ (知恵の森文庫)』に「空襲で家と人が焼かれるのを見た。自分も死ぬかもしれないと思った」とか書いているのを読むと、そのあたりのイメージなのかと思う。


    これらを読むと、「デデデについても、やばい話を考えていたんだろうな」以外の結論がでないのだが。 自由度の高い状態で脚本や小説を書くと、「故郷を失った主人公が、炎の幻覚に苦しめられながら、封印された己の過去に向き合う」とかいう話を書く人なわけで……。
    星のカービィでは「悪夢を見て」という話になっているのは吉川監督なりに、原作のゲームに従ったからだろう。


    『星のカービィ』以降の作品になるが、

    デデデのトラウマに関して、どの程度の想定がこの時点であったのかの参考として、『装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ小説版』2009年1月17日 吉川 惣司 著 から引用する。
    虫食いだらけの記憶と精神的外傷の理由もわかった。
    P10

    「組織の再生が完全に?」
    「肉体だけだ……感情は常人と変わらない。焼き殺された体験と記憶、その精神的外傷は深く刻まれる」
    「異能生存体であるということを、キリコは自覚しているのか?」
    「私が教えた……あの日……奴は猛烈に否定、いや反応した」
    「どのように?」
    「発作だ。触れてはならぬ部分に触れると……キリコは強い心身症状に陥る……そして、キリコは私を殺そうとした。無意識の衝動で、私の首を絞め……」
    P138
    この記述でわかることは、吉川監督は精神医学の専門書をあまり読んでいないということだ。
    2009年はもちろん、1999年以前には精神医学の世界でトラウマの日本語訳は「心的外傷」である。
    1999年に一般向けに精神科医が書いた、こういうタイトルの本が出版されている。
    封印された叫び―心的外傷と記憶
    ちなみに虐待と記憶と海馬に関する記述は、この本にも登場する。
    手持ちの1999年以降に出版された精神医学関連の本を何冊かめくってみたが、それらの記述は全て、「心的外傷」である。
    精神的外傷<」も辞書に載ってはいるので、間違っているとまではいわない。

    しかし2009年なら、主流は「心的外傷」だろう。もちろん、自分の小説の読者が聞き慣れていそうな方にした、という配慮かもしれない。しかし同時期の『キン肉マンII世』で、ゆでたまご先生がさらっと「心的外傷」と書いているのを見ると、そんな配慮はいらない気がする。

    でも「強い心身症状」については、読者に聞き慣れていそうな言葉で書くなら「錯乱状態」でよい。心身症状という言葉はないと言っていい。心身症という言葉はあるが、意味が違う。読者に聞き慣れない言葉で、書きたいなら「解離性の発作」だ。

    専門用語がそんなに重要なのかと、思われるかもしれないが、例えばこの文章で「カービィ」を「カービー」と書いてあったら、誰もまともに読まないだろう。

    用語の問題を抜きにすれば、これは上記に引用した、DSM‐IV‐TRケースブック 冒頭の外傷後ストレス障害(PTSD)の症例「魔法」と、より一致する、正確な描写である。『星のカービィ』なら、原作のゲームであっさりデデデが操られることもあるので、アニメ版第一話や最終話のような描写でも正解である。でも『ルパンvs人造人間』と同じく、瞳を見て操られる、というのは吉川監督独自の表現かもしれない。

    『装甲騎兵ボトムズ』のキリコについては、高橋良輔監督(1943年生まれ)自らが脚本を書いた回である、テレビシリーズの第4話の過去を思い出して動けなくなる描写と、戦士としての暗い過去の説明から、PTSD的なものが原作の段階で想定されている。

    この小説には、人の精神を操作する場面がある。
    それは、医師の力を借り、老人に薬物での自白を強要する物語に関連する場面。
    もうひとつは、戦災孤児で軍に人体実験され、発作的に特定の個人を殺そうとする主人公とは別の人物に関連する場面だ。
    なるほど、『ルパンvs人造人間』および『星のカービィ』の監督である。

    ペールゼン・ファイルズの描写は典型的だ。どう典型的かというと「軍人に対する洗脳」と「軍人のPTSD」というものを書いている。
    前者については、朝鮮戦争時の捕虜米兵に対して、共産主義を信じることをせまった行為を中国共産党が「洗腦」と読んでいたのが、日本語の「洗脳」の英語の「brainwashing」を経由しての語源である。
    参考 洗脳
    後者はベトナム戦争の帰還兵の問題として、米国におけるPTSDの研究を進める大きな原動力になった。

    1947年生まれの吉川 惣司監督には、朝鮮戦争(1950年6月25日 - 1953年7月27日休戦)もベトナム戦争(1960年12月 - 1975年4月30日)も単なる歴史的事実ではなかろう。
    これらは米国の問題として、多くの米国の小説や映画になった。ペールゼン・ファイルズの参考になったのは、おそらくそれらだろう。描写がやや古典的な印象を受ける。

    結果として、吉川監督が書いた年は、ペールゼン・ファイルズの方が数年分新しいのだが、幼少期のトラウマで海馬がどうこうという「魔獣教師3」の話の方が、精神医学の流行りとしては数十年分新しい印象を受ける。教育に関する報道など、精神医学とは直結しないジャンルの実話が参考資料なのだろうか。
    なぜこう思うかというと「用語が心的外傷ではない」が「海馬の話は2003年の時点では、そこそこ新しい」し「過去のトラウマのせいで集中力がない」というのはかなり詳しいからだ。


    まとめ


    筆者もデデデの人格の歪みっぷりについては、「幼少期に何かあったんだろうな」という意見だ。その点では吉川監督に同意する。しかしこの中途半端な描写の仕方には、賛成しない。

    かなり後半の第83話なので、最終回に関連して何かキャラの掘り下げを考えていたのかもしれない。
    つまり「デデデの過去の不幸が明かされる」→「カービィ達がそれに理解を示す」→「和解」というような流れ。
    結局過去の不幸ではなく、現在の不幸(孤独)に焦点をあてる形で第93話「カービィ感謝の日! 」(脚本 友永コリエ)が書かれたのだのだろう。

    推測になるが、監修の桜井さんが、とめたんじゃなかろうか。桜井さんは『桜井政博のゲームについて思うこと DX Think about the Video Games 3』で、自分の作風について「明るくバカバカしく、ちょっと新鮮にとか」と語っている。2005年にこれからは「無双」や「FPS」の時代がくると予感するコラムの中の一文。カービィからパルテナまで、こういう方向性なんだろう。

    デデデ大王は今も現役のゲームキャラクターなので、アニメで暗い過去が設定されるのを誰かがとめたのは、明るく愛嬌のあるイメージが維持できて、結果的にゲーム側の利益だったとは思う。
    ただ、ほのぼの路線を目指したいなら、桜井さんは下村ディレクターが『星のカービィ2』や『星のカービィ3』や『星のカービィ64』でデデデを「よく邪悪なものに憑依されて暴れる人物」にした時点で止めた方が良かったのでは。
    そういう人物を見て「目の前で誰か殺されたのか」とか「幼少期に虐待でもされたのか」とか考えるのは、ある種「常識的な考え」だからだ。

    再度桜井氏の著書を引用する。

    Q.16 桜井さんがデザインしたゲームは、ユーザーの心を巧みに突くシステムや工夫が随所に見受けられますが、心理学を学ばれましたか?。
    桜井 いえ、心理学はまったく学んでいません。
    ユーザー視点に立ったとき、自然に出てくるものだと思います。
    『桜井政博のゲームについて思うことDX』


    この「心理学は学んでいない」という表現は、そのための学校に通っていない、という意味にもとれる余地があるが、おそらく単に「心理学を知らない」ということだろう。

    たぶん、「心理学は学んでいない」桜井さんが、吉川監督が悲劇を語りはじめようとしていることに気がつかずに、「デデデにはトラウマがある」という脚本をとおしてしまった。そして後でそれが「不幸な過去」という謎を開示していくシナリオの冒頭だとわかり、ともかくとめた。例えば、キリコのトラウマは目の前で両親を焼き殺された、だ。
    だから、結果として「デデデにはトラウマがある。それが何かはいまだ明かされていない」となったのだろう。
    一般人が「トラウマ」という言葉をスラングとして使うことはよくあるから、「デデデにはトラウマがある」という意味の文を桜井さんが軽く受け取ったとしても、無理はない。

    それってデデデには、兵士または民間人としての参戦,実際の身体的暴行またはその脅威(例:身体への攻撃,強盗,ひったりくり,幼児期の身体的な虐待),実際の性的暴力またはその脅威(例:無理強いされた性交,アルコールや薬物で興奮を高めた性交,虐待的な性的接触,身体接触を伴わない性的虐待,性的目的の人身売買),誘拐,人質,テロ攻撃,拷問,戦争の捕虜としての監禁,天災または人為災害,重大な自動車事故のどれか、あるいは複数の経験があるってことか、と重く受け取る方が非常識なんだろう。だが、正しいのはこちらの方なのだ。

    心理学にかなり詳しいベテラン脚本家vs心理学を知らない若い原案兼監修者か。
    率直にいわせてもらうなら、心理学を知らない人間がシナリオに関して最も強い権限を持つって、シナリオのクオリティを下げかねないし、リスクもある話だ。
    シナリオ担当者が心理学を知らない場合のリスクというのは、精神医学や心理学の方面は地雷原でもあるということだ。セガガガ回収騒動のように、うっかり用語を間違って使ったら、その無知の責任はとらなければならない。


    <終>
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