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    操られるデデデの考察 ‐洗脳・解離・催眠・憑依

    デデデ大王といえば、「憑依体質」とか「よく操られる」というイメージがある。だが、これは最初にデデデを作った桜井政博さんが、ディレクターを担当した『星のカービィ』『星のカービィ 夢の泉』にはない描写だ。
    憑依されるデデデは、下村真一さんがディレクターの『星のカービィ2』からだ。この憑依される下村デデデの物語は『星のカービィ3』、『星のカービィ64』と続いていく。

    『星のカービィ2』の下村デデデはいわば夢遊病だ。詳しくは睡眠時遊行症で検索。子供に多いこの病を扱った有名作品は『ハイジ』だろう。原作小説でもアニメ版でもハイジは夜に一人でふらふらとあるく。『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』を参考にすると、下村デデデは真面目なタイプで、当時ストレスを感じていたということにでもなるのだろうか。睡眠時遊行症には解離性過程が関係しているそうだが、この障害は睡眠障害として分類されている。『DSM-IV-TRケースブック』にも子供の症例がある。
    『星のカービィ3』は最初から「操られたデデデを救う」がゲームの目的のひとつ。
    参考 『星のカービィ3』公式サイト
    『星のカービィ64』ではデデデは起きているときに、足下から入り込まれている。カービィに対する意地悪な気持ちが、64の下村デデデの心の闇だったのか。それを克服するために、カービィに協力するという物語なんだろう。

    アニメ『星のカービィ』制作前の時点では、憑依されるデデデといえば、下村デデデしかいなかった。これは実体のない何かに、入り込まれる形で、体を乗っ取られるデデデだ。
    体の外側にいる、誰かに操られるデデデが最初に登場したのは、吉川惣司監督が脚本を書いたアニメ『星のカービィ』第一話だ。この話でデデデを操ったのは、タコの化け物である。第100話でも吉川デデデは、ナイトメアに操られている。
    悪夢によって操られるデデデというのも、第14話にあった。これは『星のカービィ 夢の泉』の「ナイトメア(悪夢)」という敵をふまえつつ、「寝ている間にとりつかれた」という『星のカービィ2』の下村デデデも合わせつつ、トラウマ的な方向にまとめた面白いアイデア。しかも回想シーンの多用で予算節約だ。

    逆にアニメには他人を操ろうとするデデデもいた。第6話 「見るぞい! チャンネルDDD」 (脚本 吉川惣司)はそういう話だ。

    このアニメシリーズの脚本に途中から参加したあんのうんさんって、吉川監督に黒魔術的な作風を見込まれてレギュラーになったのだろうか。アニメシリーズの脚本家は11人いるが、「操られデデデ」を書いているのは、吉川監督とあんのうんさんしかいない。でもこの二人で、人が操られることの多いアニメになっている。

    憑依と洗脳や催眠は違う。下村デデデに比べて、吉川デデデはやや催眠より。
    正しくは催眠と言うより、見つめることで呪いをかける魔術、邪視(邪眼)なんだけどね。ホラーの世界では、吸血鬼の能力としても有名だ。
    邪視 - Wikipedia

    目を合わせた相手を操るのは、『ルパンvs人造人間』にもあった描写だ。マモーが不二子を操ってさらう。吉川監督の『装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ小説版』では、洗脳された人物が標的の目を見ると、発作的に相手を殺したくなるという話もあった。なので、他人を操るパターンは吉川監督の個性なんだろう。

    また吉川監督は、かなりSFよりの描写だ。2003年に携帯電話を通して他人を操るとか、オリジナリティのある発想ではなかろうか。

    アニメでの憑依されデデデといえば、第55話 「ある愛のデデデ」 と第95話 「デビル・カービィ! 」(共にあんのうん脚本)だろう。ただ、これらのゲームへの影響は明確ではない。この後、憑依される(体の中にいるモノに操られる)デデデがゲームに登場しないからだ。

    この吉川監督の操られデデデが、アニメの影響が濃い『毛糸のカービィ』に受け継がれる。
    糸操り人形のようなデデデは、『毛糸のカービィ』からだ。『毛糸のカービィ』のデデデの人物像に関しては、ハル研究所の山本正宣さんが重要な人物なんじゃないかと推測する。ただ、誰がデデデに吊り糸と手板をつけたのかはわからない。
    参考 社長が訊く『毛糸のカービィ』
    『毛糸のカービィ』のディレクターは瀬井健太郎さんという人らしいが、検索しても情報が少ない。
    『毛糸のカービィ』の他には『ワリオランドシェイク』 開発スタッフインタビューにプランニングとして登場している。

    しかしゲーム『毛糸のカービィ』の操られデデデにとって、カービィはどう見えているのだろう

    1 「よくわからないヤツがきた。とりあえず倒す(健忘状態)」
    2 「カービィだとわかっているが、それでも戦う。そうしなければいけない」
    3 「カービィだとわかっているから、戦う。戦いは楽しい」
    4 「カービィには恨みがある。ぶっ殺す」

    アニメカービィのデビルカービィ回は、主に3だろうな。しかし、初回や最終回の吉川デデデは1っぽいんだよね。たぶん、毛糸も1だろう。
    ディレクターが熊崎信也さんの『星のカービィ トリプルデラックス』の時点では、デデデはカービィにやられまくって二十数年なので、心の底では恨んでいてもおかしくないが、どれなんだろうな。

    トリデラだと「命がけで助けようとした、ともだちと戦わなければならないなんて」という切なさのあるvsデデデ戦だがアニメにそんなものはない。

    その吊り糸の見える操られデデデがトリデラに受け継がれる。
    トリデラでデデデを操る糸はタランザのクモの糸。
    熊崎デデデは間接的に、吉川監督の影響を受けているってことになるな。
    操っている人物が側にいるのが、『毛糸のカービィ』とは大きく異なる点だ。
    アニメだと第89話「オタアニメ! 星のフームたん」がそれに近いな。

    それから、毛糸のデデデはアミーボ・アモーレに、毛糸で縛られてさらわれている。
    毛糸以前のカービィシリーズに詳しくないから断言はしないけど、縛られるデデデってこの時点ではたぶん珍しいよね?
    アニメを見ていると「デデデはよく拘束されるキャラ」みたいに思ってしまうが、それはほぼ国沢真理子さんという脚本家の担当回のみだ。毛糸とトリデラの「捕獲されるデデデ」は、実は国沢デデデからの流れなんじゃなかろうか。
    吉川監督と国沢さんの共同脚本回の、第89話のゲームコントローラーっぽいもので無理矢理操られるデデデという、実はこれメタフィクション?なネタは、どちらが考えたのだろうか。
    タランザはデデデがカービィに倒されたとき、デデデのキャラ性能のせいにしているが、自分の操る能力が足りないせいかもしれないじゃないか。……と、自分が使うとデデデもカービィも弱い、へぼゲーマーとしては思うのです。

    トリデラのデデデのずっと半開きの目を見ると、タランザはクモなんだし、神経毒でも使って抵抗を封じているんじゃないかと疑う。
    単に暴力で気絶しただけなら、少ししたら目を閉じそう。
    熊崎さんは、虫に詳しい可能性がある。
    例えば、クイン・セクトニアは蜂だ。そして、寄生蜂は種類が多く、植物に寄生する種類も現実にいる。

    暴行拘束拉致監禁薬物投与か……たとえ、デデデが健全な精神の持ち主でも、錯乱しそうだな。
    しかも、ゲームのデデデはトリデラの時点で、過去に何度も憑依されたり操られたりしているわけで、壊されやすい人物なんだろう。
    アニメ版は吉川監督自ら、デデデに関して「訳あり」の設定しているけど、ゲームもそういう認識なんだろうか。
    アニメ版デデデの「訳あり」については「アニメ『星のカービィ』のデデデのトラウマについての考察 (前編)」を参照

    もし、カービィと出会う前のデデデが憑依されやすい人物じゃなかったとかいうなら、カービィがデデデの心に消えない傷をつけたってことになるんじゃなかろうか。
    桜井さんが初期に想定していたのは、いい意味での「カービィに負けて恐れを知り、デデデは変わった」だと思う。
    しかし、シリーズが長期化した結果として「カービィに負けてから、デデデは壊れやすくなった」という話になってないか?

    デデデが「辛い目にあわせれば壊れる」というのなら、タランザにとって話は簡単だよね。

    まずその目の前でワドルディ達を倒して、死の恐怖を与え、部下を守れなかった罪悪感を抱かせ、本人に暴力で苦痛を与えるとともに、戦士としての自尊心を打ち砕く。
    さらに拘束して無力を思い知らせ、闘争も逃走も不可能にする。
    逃げ場のない心身の苦痛を薄めるために、脳内麻薬物質が大量に分泌され、現実認識がおかしくなる。
    そうして自分を見失っている者を、暗示にかけて操る。
    時々、なでたりご飯をあげたりして、優しくしてあげると懐柔に効果的だ。
    さらに目の前に闇側の世界を生きている者がいるということが、人に影響を与える。より暗い闇へ引きずり込まれるのだ。
    また仮面は、普段の人格を忘れ何かになりきるための手段として、古代から用いられている。
    そして恐怖と苦痛と屈辱の中で、攻撃的な人格が、脳内麻薬による陶酔をともなって覚醒する。

    しかし、トリデラのデデデは、どれくらいの時間監禁されていたんだろうな。
    私はオープニングを見てから、デデデ戦まで二週間かかったんだが。タランザが洗脳する時間はたっぷりあっただろうな。いくらカービィでも、1日で突破したりはしていないだろう。もしかして「デデデのことが心配だったから、あの山あり谷あり火あり水ありの仕掛け満載のステージを1日で駆け抜けて、並み居る強敵もみんな倒してきた」とかいうのだろうか……なんて熱いストーリーなんだ。

    問題は、デデデがなぜ「記憶を失うか」「操られるか」の方ではなく、あっさり元に戻ることのほうだろう。
    「夢から覚めるように」「酔いから覚めるように」正常に戻るのがゲームやアニメの常だが、現実は違う。
    逆洗脳は大変だ。

    RPGでは、誰かのかけた洗脳や呪いは、その相手を倒すことによって一瞬で溶けますが、現実的にはそうはいきません。
    その行為によって、より強くその教義などを信じてしまうこともあるので注意が必要です。
    •スーパーリアルRPG •過去ログ7 第66章 洗脳



    デデデに当てはめると誤読してしまいそうだが、引用文の「相手」というのはトリデラでいうタランザのことだ。

    ゲームでは「操られているデデデを止めるために、デデデを殴り倒す」は必ず通るルートだ。
    しかしアニメでは「デデデを操っている奴を倒して、結果的にデデデを助ける」というパターンが主だ。トリデラもアニメならタランザの方を、やっつける展開だろうな。

    現実的に考えるとデデデがすぐ正気に戻るのは「アニメ『星のカービィ』のデデデのトラウマについての考察(後編)」で引用した、『DSM-IV-TRケースブック』冒頭の外傷後ストレス障害(PTSD)の症例「魔法」のように「過去に何かあった人が、解離性の発作を起こして暴れたので、拘束して病院に運んだら、落ち着いた本人が平常に戻った」というのに近いんじゃないかと。

    つまりカービィはデデデの暴走を力で止めているのであって、その壊れやすさ自体を治しているわけではないから、何度でもデデデはとりつかれるし、操られるって話かな。

    正常に戻すという行為は、実際のところ「術者に都合のいい状態を正常だと思い込ませるために、心を操る」に近いものがあるような気がしてならない。

    まあ憑依にしろ、洗脳にしろ、放置したら確実に悪化している状況なので、カービィがデデデを救っているということには間違いない。

    ゲームとアニメ通して、暴行拘束拉致監禁された上で洗脳されたのは、毛糸のデデデとトリデラのデデデだけだろう。さらに肉体改造まで受けたのは、毛糸のデデデだけだな。吉川監督は『ボトムズ』とか大人向けアニメでは、拘束監禁薬物投与の世界も描いているけど、『星のカービィ』では穏当な表現だ。

    憑依表現もアニメ版より、原作のゲーム版の方が魔物の表現が強烈だ。
    腹に口が開いているデデデとか怖いよね。
    アニメでは95話で筋肉もりもりになったりしているが、魔物的な不気味さがあるというわけではない。

    アニメ版のあんのうんさんの脚本だと、とりつく側やデデデの心の裏側が怖いのではなく、第55話の「力を求めて、正体もわからない魔物を召還」や、第95話の「力を求めて、邪悪だとわかっている魔物に自らとりつかれる」という行動に走る、デデデの素の人格がすでに怖い。第55話に関しては、第1話も同じようなものだ、とはいえる。
    逆にトリデラのデデデは、何も悪くない拉致被害者である。

    まとめ

    乗っ取られデデデの歴史は、時系列順だとだいたいこうなる

    『星のカービィ2』『星のカービィ3』『星のカービィ64』の下村デデデ(憑依)
    アニメ版『星のカービィ』の吉川デデデ(操作)
    アニメ版『星のカービィ』のあんのうんデデデ(憑依)
    『毛糸のカービィ』の瀬井デデデ(操作)
    『トリプルデラックス』の熊崎デデデ(操作)

    憑依系デデデの歴史がゲームでは64で途絶え、アニメでは95話で終わり、アニメ第1話からの操作系デデデの流れが、ゲームではトリデラまで続いている。アニメの監修は桜井さんだが、スマブラも含めて、彼がディレクターのゲームに登場するデデデは常に、身勝手であることはあっても、正気であったと思う。

    デデデの歴史は長く、関わったゲームディレクターやアニメの脚本家も多いが、実は少数の人物によって、デデデのよく乗っ取られるイメージは作られた。
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    タグ : アニカビ

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