種族の壁は性別の壁より高い

    ペンギンは人に本気で求愛することができるが、人は本気でペンギンに求愛できないらしい。

    今回は性愛における種の壁について、本を読みながらつらつらと。

    DSM‐IV‐TRケースブック(2003年)P247に、こんなことが書いてあった。

    アルフレッド・C・キンゼイが設立したインディアナ大学性調査研究所に、本書のために動物性愛、DSM-IV-TRでは特定不能の性嗜好異常の1つとして入れられているもの、の症例を出してくれるように依頼した。1938年から1963年の間に面接された数千人の患者の膨大な記録から、コンピューター検索で、動物との性行為を広範に行った96症例のあることがわかった。(中略)他の性嗜好異常とは違って、動物との性活動はこの症例のごとく、常に第2の選択であるようである。


    私はなんとなく世の中には「人間の女より馬のメスの方がいい」とか「イヌの方がかわいい」とかいう「人間<けもの」の変態さんがいるもんだと思ってきたが、人類にはいないのか。第2の選択とはそういうことだよね。
    馬に蹴られて死んだりしている人達は、ちょっと冒険してみただけなんだね。あるいは好みの女が目の前にいないので、羊で妥協したとかなんだね。
    少なくとも米国精神医学会は、「彼らは人間の女とつきあえないから、動物の雌を選ぶのだ」という認識だってことだな。

    人間の女より動物の方がいいという人が、いないということを証明するのは不可能だろう。だが、キンゼイの研究所と米国精神医学会が探して見つからない人物だから、いても少なかろう。
    もっともこの本は「精神障害の症例集」だから「自分が(性的な意味で)動物好きで困る」と医者にかかるか、何らかの犯罪を犯して逮捕されないかぎり、そういう人は実在しないことになるな。
    他人に迷惑をかけたり、自分に困っている「人間よりも動物が好きな人」はいないんだということにしておこう。
    なお、精神障害の場合は細かい定義があるが、犯罪と違い、「実行すること」は必要条件ではない。
    おおざっぱにいって、6ヶ月以上動物との行為を空想した結果、日常生活や仕事に著しい支障をきたせば障害だ。しかし「著しい支障」のハードルは高そうだな。
    DSM-5ケースファイルの最後にはオチとして自分がパラフィリア障害(性嗜好異常障害)ではないかと精神科を訪ねたが、「タバコ使用障害 軽度」の診断しかつけられなかったゲイの男性が出てくる。本人と周囲が困っていないのなら、病ではないということで。

    DSM‐IV‐TRケースブック(に「異性<同性」の人物はいた。妻があるのに同性愛者用のSMバーに通っていた男性だ。この人が精神科医を訪ねた理由は「SMプレイの最中に、相手のマゾヒストの男性を本当に殺したくなった」だ。それは困るね。

    人類において「性別の壁」は「種族の壁」より薄い。

    なお、DSM-5からはパラフィリア障害から「同性愛」は、のぞかれている。LGBTの権利拡大の波はここまできているようだ。これに私は反対しない。
    成人同士で同意があるなら、いいんじゃなかろうか。

    同性愛は別に人類だけじゃない。
    ただボノボやペンギンの場合は同性愛者というより両性愛者なんじゃないかと。

    人間でも大部分の哺乳類でも、性的な愛の対象は、古い昔からの遺伝の深みにささやきかける特徴によって、それと明らかにわかるものなのである。だが鳥ではまったくちがっている。ヒナのときから1羽だけで育てられ、同じ種類の仲間をまったくみたことのない鳥は、たいていの場合、自分がどの種類に属しているかをまったく「知らない」。すなわち、彼らの社会的衝動も彼らの性的な愛情も、彼らのごく幼い刷りこみ可能な時期をともにすごした動物にむけられてしまうのである。したがって大部分の場合、それは人間にむけられる。
    ソロモンの指環―動物行動学入門

    異種に恋をするという方向においては、人類より鳥類の方が真剣だ。
    ソロモンの指輪には様々な実例があるが、ここでは少し前に話題になったニュースから。

    恋するペンギン、男性飼育員に猛アタック中

    この動画の中でペンギン♀(さくら)が、人間の前で腹ばいになる場面がある。
    あれは求愛の姿勢で、あの姿勢を見たペンギン♂は、その背中に飛び乗って交尾する。
    ペンギンが人間をのせたらつぶれるだろ……無理だってわかれよ。しかしペンギンは本能でそう求愛するのだ。
    このペンギン♀には、人間に求愛する前にはペンギン♂の夫がいたが死別したそうだ。人間とペンギンがまざった動物園という環境ですごしていると、人間とペンギンをまとめて「ペンギン」と認識するのだろうな。

    「みにくいアヒルの子」は感動的なアンデルセン童話だが、実際にはアヒルに育てられた白鳥は自分をアヒルと思い、アヒルの群れで暮らそうとし、アヒルに求婚して振られるのだろう。

    ほ乳類のイヌは人間を自分の群れの一員と認めるが、よほど閉鎖的な環境でない限り、人間に求愛はしないだろうな。

    人は家畜やペットと暮らしていても、中々それらに求愛しない。鳥類とほ乳類の脳のどこに違いがあるのだろう。答えは染色体のいずこにあるのやら。
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