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    『西遊記』の主人公は?

    『西遊記』は男4人(人ひとりに、魔物が三体かもしれない)で旅をする話ですが、日本でテレビドラマになったときは、なぜか三蔵法師が女性になりました。
    『西遊記』は日本の娯楽作品としては、孫悟空という英雄が、援助者の姫である三蔵法師を化け物から奪い返す話、として語られる傾向にあります。
    しかし、元の小説の西遊記を読むとわかりますが、あれは、三蔵法師という英雄が、お供を連れて試練の旅をするというのが、基本的な構造です。桃太郎みたいなもん。三蔵法師が英雄と断言する理由は、「高い地位にあった実の父親は、盗賊に殺され、その盗賊が母親と強引に結婚し、母親はお告げを聞いて、三蔵法師を箱に入れて川に流す」という、「ああ、捨てられた王の息子パターンね」というような設定が、実はあるからです。
    毎日読む小説「西遊記」(邱永漢・著/藤城清治・影絵) 実力狂時代の巻 第六章 一粒の麦
    http://www.1101.com/saiyuki/1-6-1.html
    仏教は、その源流においては、女神と無縁なものです。
    『西遊記』の背景である仏教は、宗教というよりは思想です。女性嫌いの男のための思想といっても良いでしょう。釈迦が唱えたのは、無神論に近い思想です。しかし、伝播の過程でインド神話の神々が、仏教の神ということになりました。
    そして、観音菩薩は、日本では女神扱いですが、インドでは苦行僧です。

    また、古い仏教説話には、尼や王の妻、鬼女、王の娘と、数多くの女性が登場します。民話や英雄伝説に近いものだからですね。
    特に大衆が語り伝えていくようなお伽話は、女性を必要とすると思います。
    民衆は、姫と女神を求めているのです。

    そういえば、昔『三銃士』がアニメ化された時に、アラミスが女性になっていて、原作を知る人を驚かせたらしいです。

    西遊記の作者の呉承恩にしろ、デュマにしろ、英雄物語作家は、「男ばかり」の世界が好きなのかもしれませんが、その作品に他人が手を加えるときに「女を入れましょう」という改変がされてしまうのですね。
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