喪失の国、日本 インド人の日本体験記を読んで

    この本は、2001年に出版された、少し古い本です。しかし、インドが新たなアジアの大国として、存在感を増している今日この頃。数年前に買ったままだった本書を読んでみたら、なかなか面白かったので、紹介します。
    この本は、1990年代に、日本を訪れたインドのエリートビジネスマンの日本論です。
    話題は、生活、ビジネス、食文化、伝統文化、戦争と平和等、多岐にわたります。
    今読んで面白いのは、ビジネスと戦争の話でしょう。途中でいきなり前置きなしで、この著者の父親がインド独立のために、日本軍とともにインパール戦を戦ったという話も出てきます。

    今ならこういう帯をつけて、文庫判を出せば売れるんじゃないでしょうか。

    インド人ビジネスマンから見た、日本人ビジネスマンの姿! 
    インドと日本のビジネスの常識はこんなに違う!
    日本の「いい人」は、インドでは通用しない!
    インド人とつきあう上でのタブー!


    この本の中心として描かれているのは、日本人ビジネスマンとインド人ビジネスマンの軋轢です。
    インドは、1991年に経済体制を社会主義型経済から自由主義経済に切り替えました。そしてインドのビジネスマン達は、アメリカや日本の企業と組んでビジネスをしようと考えました。そしてこの本の作者が、日本文化を理解するために、日本に派遣されたのです。
    しかし、多くのインド人は「日本ではなく、アメリカとビジネスしよう」と結論したのです。
    オバマ大統領がインドを訪れる20年前に、アメリカと日本のインド争奪戦は、日本の負けで終わっていたのです。

    これだけ聞くと「日本人は英語ができないから」「アメリカ企業はお金があるから」とか考えがちだが、この本の著者はそう考えてはいません。

    著者はその原因をいくつかあげています。

    日本人はインド人を蔑視しているとか、日本人は異文化や他宗教に無神経であるとか、まあよく聞く話なのですが、実例とともに語られます。

    インドのことをよく知らないのに、インドで活動しようとした企業はつぶれるより他はないでしょう。
    映画アバターでも、資源獲得のために異星を訪れた企業が、原住民の文化を研究するために、学者の一団を派遣したりしていましたね。もちろん、平和的な交渉が決裂すれば、軍事侵略です。日本を占領したときも、アメリカは日本文化に詳しいアメリカ人学者を連れてきていました。アメリカはそういう国なのです。

    「アメリカに学べ」は古くさいですが、バブル崩壊以降の日本は「欧米から学ぶ」という姿勢を失いました。それが景気停滞の理由のひとつでしょう。
    欧米が古いというのなら、それこそインドから学べば良いでしょう。
    アジアでもっとも古い国のひとつです。何か知恵があるでしょうから。

    ポール・ボネやイザヤ・ベンダサン等の例もあるので、作者は日本通のインド人ではなく、インド通の日本人であるかもしれないと疑う必要はあるでしょう。
    ただ、日本の警察は犯罪捜査のノウハウを生かして、市民が落とした財布を捜してくれる、という文章は日本人にしては微妙な文章です。
    インドは、拾った財布は拾った人のものという国です。
    そういう話を聞くと日本人は、「野蛮だ」とか思ってしまうのでしょうが、そういう国のほうが多いんじゃないでしょうか。

    それでも、「これからはインド」と思っている日本人には、一読をお勧めします。

    この本の指摘には、陳腐かもしれないが面白い所があるからです。
    例えば、こんな意味の文章があります。

    日本人は高くても店員が礼儀正しく、おまけをつけてくれる店で買う。しかし、インド人は安い店を選ぶ。

    日本は礼儀の国というのは、このインド人も感じたようです。

    「ここに貧しい時に、日本から多くの支援を受け取りながら、それを国民に知らせない中国という国で作られた服と、
    日本から多くの支援を受け取り、国民にそのことを広く知らせ、感謝しているインドという国でつくられた服があります。
    値段は同じで、質は前者の方がいいですが、どうしますか?」
    おそらく、かなりの日本人が後者を選ぶでしょう。インドはそういう点では、これから日本への輸出が伸びる国かもしれません。

    また、この本には「日本人の戦争と平和に関する態度」についても書いています。辛らつですし、分量は多くありませんが、国防的な問題でインドに関心のある方にもどうぞ。
    第二次世界大戦の時の日本の立場は、インドの独立を目指すインド人と手を組んで、イギリス軍とそれに味方するインド人と戦ったというものです。まあ、日本はイギリス追い出しに成功したら、インドに親日政権を立てようとしたでしょう。ですが他国の軍隊に助けを求めるというのは、そういうことですよね。
    リビアの反政府軍が「カダフィを倒すために米軍の力を借りたい」といっていたようですが、その後アメリカに何かと政治に口を出されることになると思うんですが。
    ただインドにいるイギリス軍にダメージは与えましたね。なのでこの本の筆者は当時の日本には、自国の持っている軍事力で世界をどうしたいかの、信念があったと評価しています。
    そして今はそれが喪失されたと。
    軍事援助というのは、現代日本ではしぶしぶと行うものですが、弱者にとってはそれはやはり援助です。
    まあ、戦後日本は軍事に関しては、被援助国なんでしょうけどね。

    多くの者は愛国心を「右翼思想」として片づけ、戦争を惹き起こす危険な心と見なしている。そして、思考の裏づけをもたない空虚な「平和思想」でお茶を濁している。




    この本が書かれた時期は、「インド核武装前夜」でもあり、彼はそれを、インド内のヒンドゥーとムスリムの対立を弱めるためと見なしています。中国に脅しを利かせるというのは、この時点では、ついでです。訳者もあとがきでこの問題に触れています。インドとパキスタンの核武装後は、高い出費をして軍部の力が増しただけで、両国に平和は訪れなかった、としています。
    日本核武装論は、これから議論されるでしょうが、「多民族国家が国内をまとめるための外国脅威論」や「核を持っている国は軍部の力が強く、軍事費が高く、戦争をためらわない」というのは、ほんとうによくあることのようです。
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