大阪プロレス観戦記第二弾

    2005年12月03日の天王山ファイナルを見に行きました。


    今回の文章は、大阪プロレスに関する初歩的無駄知識が、やたらに披露されています。
    前回観戦後、大阪プロレスについてあれこれ調べたのですね。
    特に某冨宅飛駈選手に関するあれこれは、アディクションというファンサイトを参考にしています。

    さっぱり試合内容が描写できていませんが、それはご容赦を。


    今回はいつもより大きな会場、IMPホールで行われた。

    会場は満員だった。立ち見まで出ていた。
    どこの団体も最も盛り上がるシリーズは最強を決定するトーナメント戦だそうだ。
    その決勝なのだから、これで客が入らなかったら、ホントにヤバイところだが、大盛況でデルフィン社長はほっとしているだろう。


    試合開始まで、スクリーンには、これまでのあらすじやレストランなどの広告と合わせ、プロレス教室の広告が流された。
    楽しく運動したい方から、プロを目指す方まで、だそうな。
    実際この教室から、大阪のリングにあがったレスラーもいるのだ。

    このプロレス教室で教えることの内容はだいたい、「大阪プロレスの入団テストに受かる」ことを目標にしている。
    小峠らは、教室に通って基礎を身につけ、入団テストに受かり、練習生として厳しいしごきに耐え、ようやくレスラーデビューを果たしたわけだ。
    ちなみにこの教室で鍛えて、他の団体を受けるというのもアリだ。

    本日の第一試合は、新人レスラーのデビュー戦だった。

    その男は、マントを翻し、タコヤキのマスクをかぶり、タコヤキ屋のおじさん風のはちまきに白いタンクトップ、茶色いパンツ姿だった。
    そして、手には巨大な爪楊枝と思われる、先をソース色に染めた長い棒を持って入場してきた。

    その名はタコヤキーダー。

    おお、ついに大阪プロレスにも「食い物系レスラー」が。
    いや、わたしも考えたんだ。
    タコヤキマンとかオコノミヤキマンとかは、いないのかと。
    しかし、大阪プロレスには「あなたの考えたレスラーを送って下さい」のコーナーはなかったので、そのまま忘れていた。
    テレビ大阪のたこるくんとかぶるっつーのも、あったしな。

    数日前にデルフィン社長のブログに今度デビューする練習生に技を教えてくれと頼まれたので、教えたという心温まる話が載っていたので、たぶん、これがそうなのだろう。

    このタコヤキのマスクをかぶった男は、プロレス教室出身とかそういうことではなく、実はタコヤキがぱかっと割れて生まれたとか、そういう存在なのかもしれないが。

    入場と共に、割れんばかりの拍手と「タコヤキーダー!」という名前の連呼。
    そして、おそらく教室の仲間が用意したのであろうと思われるオレンジの紙テープが、リングに乱れ飛んだ。

    タコヤキーダーの対戦相手は、タイガースマスク。
    最初の試合だけあって、タコヤキーダーの動きはぎこちなかったが、彼の放ったドロップキックに、明るい拍手が湧いた。

    大阪プロレスは現在人手不足である。
    春に8名もの離脱者を出し、選手は1名でも多く欲しい。
    それもできれば、他団体からの「借り物」でない、大阪プロレスの選手が。
    その事情を知っていることもあって、観客は新たな戦力を歓迎したのだろう。

    同じ教室の仲間に支えられ、満場の拍手を浴びてデビューした君に栄光あれ。
    頭に青ノリがついていても、いいじゃないか。


    第二試合は6人タッグマッチ

     ミラクルマン&えべっさん&アイスペンギン

     スペル・デルフィン&くいしんぼう仮面&冨宅飛駈


    今回もえべっさんとくいしんぼう仮面の入場は長かった。

    えべっさんはいつものようにお賽銭箱を持って入場していた。サラリーマンらしき人がわざわざ席を立って、福を授けてもらいに行っていた。
    日本では、神を演じるものにも神が宿るという信仰があるはずなので、プロレスラーを拝むのもありだと思う。

    くいしんぼう仮面にお菓子をあげるときは、ひもをつけて首にかけてあげることになっている。放り投げてはいけない。
    やはり、お菓子を遠くから投げたりすると危険だからだろうか。大きなぺろぺろキャンディとかは、5メートルも飛んだら凶器になりそうだ。
    まあ、投げつけるのは失礼という、子供に対する教育的指導なのだろう。

    冨宅選手は、赤いパンクラスのガウンを翻しての入場だった。
    あれが、パンクラス創立者、船木選手に譲られたらしいと噂のガウンだろうか。袖が少し余っていたので、おそらくそうなのだろう。
    袖が余るということは、冨宅が船木より小柄だということである。彼が大阪プロレスに来た理由のひとつに、小柄であるという事があったようだ。
    あまり体格に恵まれないレスラーには、ルチャ系団体が主な選択肢である。関西ならば、ドラゴンゲートか、大阪プロレスか。
    そして、大阪プロレスを選んだのである。
    去年までは、外部の選手らしく月1回くらいのペースで出ていたが、春の大量離脱の後、皆勤賞がとれるくらいのレギュラーメンバーとなった。
    本人が望んだことであるし、大阪プロレスという団体にとっては、貴重な戦力なのだろうが、観客はあまりそう思っていないらしい。

    ブーイングと拍手が半々といった感じで、冨宅は迎えられた。それにカレーの福神漬けのように、ふけさーん、という女性の声を添えて。

    アイスペンギンは、某水族館ペンギン課営業部部長の座をリストラされたという。
    ペンギン「課」の「部長」という所に経歴詐称のにおいがぷんぷんする。
    実は、ヒラ社員だったとかそういうことなのかもしれない。
    ちなみにプロレス選手名鑑2006年度版の寸評&備考には、「海遊館のペンギンだった」と書かれている。おい、どうやって人間サイズになったんだよ。
    キン肉マンの超人並の設定のいいかげんさである。きっと設定からして、突っ込み待ちなのだろう。

    そんなメンバーを揃えての試合は、アイスペンギンのボケに、みんなが突っ込むというものだった。

    今回、アイスペンギンは社長に、タックルとラリアットを披露した。
    もっとも、ペンギンが社長に突っ込んでいって、社長が派手にこけただけだが。
    それで技がつきたらしい。
    なんや、もう終わりかといいたげに、肩のほこりを払いながら、社長が立ち上がる。
    ペンギンは慌てて、他のメンバーにタッチしようとする。
    同じくメンバー交代で、社長陣営が冨宅を出そうとしたとき、それは勝てそうにないから、やだ、とペンギンが嫌がっていた。

    個人的には、大阪プロレスで一番好きなキャラは、このペンギンかもしれない。
    ペンギンは社長にごめんなさい、もうしませんと土下座した後で、
    「さーわーるーなよー」と、憎々しげに社長の手を振り払ったりする。
    そんなペンギンさんが「なーげーるーなよー」といいながらも、投げられてしまうのが好きだ。
    ドロップキックでボケに突っ込むのは、マンガによくある光景だが、それを実際にやるのが大阪プロレスだ。

    試合は、中盤辺りでレフェリーを巻き込んでの金的合戦になった。寸止めなのだろうが、ファールカップを厚めにしないと、辛いコントだな。
    レスラーの息があっているので、あまり下品な感じはしなかったが。

    客は盛り上がっていたが、連れの格闘技マニアは、くいしんぼうたちのイタズラでデルフィンの顔に冨宅の股間が押しあてられたりするような光景に、ちょっと悲しそうな顔をしていた。
    スペル・デルフィンと冨宅飛駈で、これをやるから面白いような気もするが。エライ人やまじめな人ほど、いじって面白い。
    このネタを考えたのは、デルフィンだろうか。体を張る社長だな。
    実は下ネタ大好きらしい冨宅さんは、この案にノリノリだったのかもしれない。

    ちなみに今年のプロレス選手名鑑で、冨宅選手は「グッとくる異性の仕草は?」という質問に「S○Xしてる時」と答えていた。
    そこまでいかないとグッとこないということは、色香に鈍感なのだろう。
    個人的には、初代タイガーマスク佐山聡の「好きな食べ物は?」「ケーキ全般」「抱負は?」「やせる」がツボだ。
    もし、あなたが現在の初代タイガーマスクの体形を知らないのなら、あまりピンとこないかもしれない。かなりお肉がついておられるのだ。

    夢枕獏の小説につぶれかかった団体が、金網デスマッチなどの凄惨な方向に走る姿が描かれていた。その後テレビでみちのくプロレスの鉄条網ボードデスマッチを見て、ここも苦しいんだろうかと思ってしまったが、大阪プロレスは意地でも残虐表現には走らないつもりなのだろうか。そうあって欲しいが。
    でも、傾くとギャグが寒くなるプロレス団体ってのは、イヤだな。
    人気が落ちると残虐表現や寒いギャグに走る、プロレスマンガというのはありそうだ。

    お約束の場外でのおっかけっこが始まった。
    下をえべっさん達が走り回っていた時だと思う。
    冨宅がトップロープとセカンドロープの間で、くるりとまわった。
    体操選手のように、軸のずれのない、美しい回転だった。

    会場には、感心の拍手が湧いた。
    わたしは619だと思ったし、格闘技マニアの連れもそう思ったが、家に帰って調べてみると、回るだけでキックしないのは、フィンタ・デ・レギレテというのだそうだ。
    フィンタはスペイン語でフェイントの意味だ。ルチャの技である。
    場外へのキックと見せかけて、回転し、リング内に着地する。
    場外乱闘のないパンクラスでは、必要のない技だ。
    そして、ルチャ(メキシコプロレス)の流れをくむ、大阪プロレスのリングで披露するのにふさわしい技だ。
    日本では初代タイガーマスクが最初に披露した。
    かつてタイガーマスクに憧れた、冨宅さんはプロレスに来てから、この技を一生懸命練習したのだろう。

    その後、デルフィン社長がペンギンをデルフィンクラッチに固めた。寝ている相手の腕を胸の辺りで組ませ、そこを左足で踏み付けて、左腕で両足を持ち上げて抱える。そして、いかにもしとめたぞ、という感じに右手を上げてアピールする技だ。
    あれがデルフィンクラッチだと、連れに言ったら「?」という反応をされた。
    ネットで知ったばっかりの技を得意げに解説する自分は、にわかファンらしさに満ち溢れていると思う。

    最後はコーナーにペンギンが上がって「飛びたいなあ」と言っていた。
    すると、ふけさんが「飛ばせてやろうか」と言って、トップロープをゆすったので、ペンギンは足をすべらせてトップロープで股間を打った。悲鳴を上げるアイスペンギンを冨宅選手は後ろからぎゅっと締めた。

    ゴングがなった。勝者、冨宅飛駈。

    観客は不満そうに拍手した。
    盛り上がらないね、と連れが言った。
    まだ、冨宅さんが大阪プロレスに馴染んでいないからだろう、と思った。

    だが、もうひとつの理由が考えられる。
    わたしもそうだが、会場の人の多くは冨宅さんがペンギンを投げるのを、期待していたのだ。
    前回観戦時もアイスペンギンの「飛びたいなあ」はあり、デルフィン社長が豪快にペンギンを投げていた。
    大阪プロレスでは、ペンギンだって空を飛ぶ。
    すぐにマットに叩きつけられていたが。
    でも今回は、ペンギンを後ろから羽交い締めにしただけで終わったので、拍手が少なかったのだろう。

    冨宅選手のチキンウイングフェースロックを楽しみにしていたのに、あれがチキンウイングフェースロックだと気付いたのは、おうちに帰って、公式サイトの試合記録を見てからだった。
    正面から見たのでわかんなかったよ!
    横から見るとかけられた側の腕が手羽先のようにねじまがっているのが、チキンウイングフェースロックだ。名前の前半は、そこから来る。後半のフェースロックはフェイスロック、顔面を固めるという意味である。

    チキンウイングフェースロック。
    従来のプロレスを否定し、キックや関節技を重視し、より格闘技色の強いプロレスを目指した、UWFという団体を象徴する技である。
    夢枕獏の小説、『餓狼伝』の一巻で、主人公がかけられた技といえば、わたしがなぜ生で見てみたいと思ったかおわかりだろう。
    わたしは熱心な獏読者ではないが、その技の名前は数年前に読んだにも関わらず、はっきりと覚えていた。相手の手を背にひねる技だということも。

    冨宅飛駈は、今や格闘技マニアに伝説となった新生UWFの入団生だ。
    その後、藤原組に所属し、プロ格闘団体、パンクラスの旗揚げメンバーとなった。
    現在は、パンクラスミッションという、「パンクラスプロレス部」とでもいうべき部門に所属する。
    伝説の団体の出身者だが、彼自身に伝説はない。
    「売れない芸人のように消えたい」と、かつてインタビューで語ったという。

    しかし、UWF出身者が見せてくれるなら、そのチキンウイングフェースロックは正統派に違いないとわたしは思ったのだ。
    それをコーナーの上のペンギンに、かけてくれちゃったわけだが。
    アイスペンギン相手の時は「ペンギンウィングクチバシロック」とか言ったら、いいのかもしれない。

    観客の中には、冨宅が必殺のチキンウイングフェースロックを決めてくれるのを期待していた人もいるだろうし、なまじ派手な投げなど披露したら、パンクラスの冨宅飛駈のイメージが崩れるだろう。その意味では、コーナーポストでチキンウイングフェースロックも仕方のないことかもしれない。

    打撃を鍛え、様々な関節技を修得し、一度正統派の格闘家となり、真剣勝負を重ねたその後で、自分の体を張ったギャグが大阪の客に受けないことを悩む、そんな人生もUWFの風が吹き過ぎたその後にはあるのだ。


    第三試合は、天王山2005 3位決定戦

    ビリーケン・キッド

    ブラックバファロー

    ビリーはともかくよく飛ぶ。そして、よく回る。フライングソーサーとアナウンサーが呼称していたが、とても身軽で、ルチャドールらしいレスラーだ。
    ふだんよりよく回っていた気がするのは、やはり意気込みの表れだろう。
    デルフィンアリーナの近くの天王寺の商店街にいくつも置いてあるビリケン像には、足の裏をなでると幸運が訪れるという信仰がある。
    それと同じように、ビリーケン・キッドのリングシューズの裏をなでると幸せになれたりするのだろうか。

    この試合の際、ブラックバファローのマスクに生えている角の片方が折れて、垂れ下がった。右側の角だった。
    気がついた本人がその角を引きちぎって、セコンドに投げた。
    アクシデントとはいえ、妙な迫力のある場面だった。
    この会場にいる人間の何割が角折れバッファローマンを思い出したか、アンケートで聞いてみたいものだ。
    真っ先に思い出したのは、『キン肉マン』の食玩をコレクションしているご本人だろうが。



    第4試合は、政宗と秀吉対ラ・内田と小峠である。
    ヒールのマスクマンコンビと、ベビーの素顔レスラーのコンビだ。

    「政宗」「秀吉」と名前がお揃いなのは、偶然ではない。
    「政宗」は大阪のリングに上がる前からMASAMUNEだったらしいが、秀吉は政宗の大阪でのデビューの時に、秀吉となったはずだ。そしてこの春コンビで大阪プロレスのリングに登場し、タッグ王座についた。
    秀吉は大阪城のかつての主の名である。
    戦国時代、豊臣秀吉は伊達政宗と組んでいた。このコンビを考えた人はセンスがあるな、とそれを知った時は思ったものである。

    ラ・内田と小峠は、両方とも大阪プロレス教室出身者だ。
    この団体からデビューした新人とあって、観客の応援には力がこもる。
    団体最年少、20歳の小峠の目標は、シングルでの初勝利と、パンフレットに記されていた
    しかし、秀吉に紙人形のように投げられる小峠を見て、初勝利はマジで遠いと思った。本当に軽そうだったので。
    いくらプロレスでも、細腕の新人が分厚い肉体のベテランに勝ったら、観客は白けるだろう。
    春の大量離脱前にデビューした、ラ・内田はそれなりに迫力のある闘い振りを見せた。
    だが、結局はベテランの政宗と秀吉が余裕を見せて勝った。
    ヒールにだって友情はあるんだ、それが大阪プロレス。


    第5試合、天王山2005決勝戦である。

    さあ、ケガで車椅子に座る仲間の見守る前で闘え、スーパー・ドルフィン。おまえのライバルのビリーは見事、三位になったんだぞ。というのが、この決勝戦の状況である。
    世の中には、わざと選手のケガを演出するプロレスもあるようだが、ツバサの膝の再手術はガチだろう。現在、彼のブログは闘病記になっているのだ。レスラーであることは、苛酷である。
    ドルフィンのセコンドには、ビリー、タイガース、内田、小峠などこれまでに敗れた正規軍のメンバーがつき、大鷲には無頼漢の三名がついている。
    試合中に無頼漢がドルフィンの邪魔をしたり、それをやめさせようとする正規軍達がリング下で盛んに場外乱闘をしていた。小峠はまたやられていた。
    なんてわかりやすい「敵の卑怯」と「仲間の援助」と「仲間の犠牲」だろう。
    すごいや、大阪プロレス。

    試合はドルフィンの勝利に終わった。
    倒れた大鷲に無頼漢達が駆け寄るが、大鷲は自分とドルフィン以外リングから降りろと言う。そして、マイクアピール。

    「お前はよくやった。認めてやるよ。俺の大阪プロレスを潰そうとする思い、ドルフィンお前の大阪プロレスを守ろうとする思い、お前の方が数段上だったな。俺の居場所はここにはねぇ。最後にお前と戦えてよかった。ありがとよ。」

    というような内容のことを言った。
    あまりのベタに会場は苦笑と失笑をまぜたような笑いと、そこそこの拍手に包まれた。わたしは、最初から天王山までという契約だったのか、なんらかの理由で契約が更新されなかったのか、と考えていた。

    こう言い残して去った大鷲の後を追う無頼漢3人たちの背中が、本当に置いていかないでな感じに見えた。
    ヒール不足なので、本心から去られたくなかったのかも。

    いい意味で、おめでたいプロレスに満足して席を立ち、出口に向かう途中、三人の小学生の男の子とすれちがった。
    「大鷲もええこというな」という会話が聞こえた。
    おどろいた。
    小学生には、これでいいのだ。
    これがいい、というべきか。

    プロレスの演技が客を感動させるためのものならば、これは大阪プロレスのささやかな勝利なのだろうと、思う。


    次に来るときは、勇気を出してアイスペンギンさんに、サインを貰いたいと思います。
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