ブラックデデデとは何者か

    こちらの企画に@hosiniiruとして参加させていただきました。



    ※この文章は「うちのブラデはこう」ではなく「様々な資料と照らし合わせるに、十数通りのブラデ像が考えられるな」という路線なので、様々な可能性を検討するだけで結論はない。


    桜井Dの作風でブラデを考える

    ブラデについては、桜井ブラデか熊崎ブラデか、という問題がまずある。
    桜井Dは影と和解可能だと考えていて、『新・光神話 パルテナの鏡』のブラックピットの話では、従順でいい子の本体と反抗的で乱暴な影がお互いを認め合う。
    熊崎Dは影と和解する気がしない。熊崎世界の影(ソウル)は自分を忘れ、ひたすら暴走し、力で倒される。

    ブラックデデデが出てくる鏡は、『鏡の大迷宮』で初登場するディメンションミラー。
    空の高所で割れる鏡とは、アンデルセンの雪の女王の「悪魔の作った、ほんとうの姿を写すと言いながら、ものごとを悪くゆがめて写す鏡」が話の元だろう。『星のカービィ』と同じく桜井政博氏ディレクションの『新・光神話 パルテナの鏡』のブラックピットの方がこれに近いかな。
    『雪の女王』の話を元に考えるなら「ブラックデデデは、デデデの本音」みたいな話ではなく、「ブラデは本物より、悪くゆがめられた偽物のデデデ」という話になるのだろう。

    「善なる本体と悪なる裏側」という話だとして、ブラデとデデデ本人との対立軸がわからない。カービィが好きな本人とカービィを恨んでいる裏側とか? 特に桜井Dのゲームではデデデは善要素のある悪役だ。桜井デデデはカービィの敵でも味方でもあり得る道を自らの意思で進む。それが「悪といわれてもいい」強さ。亜空の使者もこの路線。

    桜井Dは、鏡の迷宮のシャドカビ等→スマブラXの亜空でのダメタやダークリンク等→パルテナのブラピなどと「影との戦い」を連続して描いてた。
    おそらく桜井Dの描く「影」はユング心理学でいう「シャドウ」なんだろう。シャドウに関しては『ペルソナ4』が心理学的に正解だ。
    で、これらの場合は主に「本人の認めたくない一面」の問題。桜井Dは2008年のコラムで影の話として「ペルソナ4の巽完二」をたたえている。「心の闇」の物語でよりによって「実はカマホモ?」みたいな話を紹介している。これは必ずしも「悪」とは言えない影である。
    いわば「過剰なまでに男であることを強調するような本体」と「過剰に女っぽく振る舞う影」の組み合わせが、巽完二。ブラデをこう考えると「ねえ、アタシとイイコトしなーい?」と挑発して本体に「お前なんかおれさまじゃない!」と逆上される影かも。
    パルテナのハデスは筋骨たくましいのに「あらあ、ピットちゃん」みたいなカマっぽい言葉使い。桜井Dの作風でブラデを考えるなら、ブラデもコミカルな悪役キャラかもしれない。


    熊崎Dの作風でブラデを考える

    桜井Dは、鏡の迷宮のシャドカビ等→スマブラXの亜空でのダメタやダークリンク等→パルテナのブラピなどと「影との戦い」を連続して描いてた。
    だから熊崎Dとしてはトリデラのブラデは単に鏡でそれが出なかったから出した、というだけではなく「続きを描いた」もかも。
    ブラデの出てきた鏡をたたき割った熊崎デデデにとっては、自分ではコントロールできない「もうひとつ」の自分は否定されるだけの存在。熊崎デデデには桜井デデデと違い、自分の意思で「悪であること」を引き受けるつもりがない。

    マホロアやハルトマンのように誰かが自分を支配していて、記憶を奪ってしまったから、本当の自分が思い出せない。というのが、熊崎Dのシナリオだ。
    このパターンに従うのならブラデは「暗黒物質に支配されて、自分がデデデであることを忘れて力のままに暴走する存在」だな。下村デデデに忠実だな。

    「誰かが自分を支配していて、記憶を奪ってしまったから、本当の自分が思い出せない」という熊崎シナリオがさらに先に進むのなら「ブラデに支配されたデデデは本当の自分が思い出せなくなった」となるのだろうか。デデデソウルってことだ。デデデvsブラデのシナリオにバッドエンドが用意されていたら、こんな感じでは。

    熊崎Dの『トリプルデラックス』の描写なら「悪意と情欲の塊で本人を襲いにくる」という典型的な「悪霊」と見なしてもOKか。

    ところで、ブラデやダークメタナイトやシャドーカービィの性別は男で決定なのだろうか。実は女! という衝撃の展開の余地はあるように思うのだが。ブラピのように、もう一人の自分路線なら本人と同じ性別だろう。しかし、夢魔のたぐいと考えると、異性の魔物にこそ誘惑されたり憑依される話が多い。


    暴力的なもう一人の自分

    ブラックデデデは精神医学的にいうなら、多重人格者の幻覚という話になるんだろう。
    ここからは、ブラックデデデを「多重人格(解離性同一性障害)」の別人格が実体化したような存在、と仮定し、精神科医岡野氏のブログを参考に、考察をすすめていく。

    ブラデの元になったのは誰か

    「暴力的な交代人格」はかつて自分に加害的な振る舞いをした誰かのイメージが取り込まれて交代人格としての体裁を獲得したものであり、しばしば畏れの対象となるのだろう。

    解離に関する断章 その14. 「暴力的な交代人格」をコントロールする
    http://kenokano.blogspot.jp/2011/01/14.html



    「暴力的な交代人格」をブラデとして、このデデデ本体に対する「過去の加害者」とは誰か。実の両親とか、養父母が精神科ではお約束だろう。被虐待児の病としての解離性同一障害というパターンだ。
    しかし、デデデの親はどんな人物であったのか、一切不明なのでここではその可能性もある、ということで他の可能性も考える。
    多重人格者路線ならトラウマ(想起しにくい過酷な体験)というのは関連するんだろう。まずはカービィ。見知らぬ相手に殴り飛ばされた恐怖と敗北の屈辱から、デデデの心には闇が出来たとか、そういう話。
    次はダークマター。自分ではない何かに心と体を支配された恐怖と屈辱から、ブラデが生まれたという説だ。ブラデはダークマター憑依時の技を使ってくるので、この可能性はありそう。


    自傷行為の一種

    暴力的でコントロール不可能と思われる人格の非常に多くが、実際はとても苦痛で恐ろしい体験を担っている人格である場合は多い。その苦しみを今まさに味わっている状態で現れている時に、傍目には暴力的に見えるということはあるだろう。そのような人格が急に出てきて目が据わり、いきなりカッターナイフを持ち出して自分の腕を切りつけようとするかもしれない。

    解離に関する断章 その14. 「暴力的な交代人格」をコントロールする
    http://kenokano.blogspot.jp/2011/01/14.html


    これはこの自傷をする人格が引っ込んだ後、他の人格がいつの間にか自分の腕に傷がついているのを見つけるという話になるな。

    二人の人物の争いに見えて、自傷行為であるというのは、デデデにとっては「他人に襲われている」でも、ブラデにとっては「憎むべき自分を罰している」とか、そういう状態。目の前にいるのが「もう一人の自分」であるということを、デデデとブラデがそれぞれどう認識しているかは、一切不明である。
    ちなみに自傷の理由は色々いわれている。自分が嫌いだとか、苦痛で脳内麻薬(βエンドルフィン)が出るとか、心理的苦痛を肉体的苦痛に置き換えるためだとか。
    最初の理由だとブラデは自分と違うデデデが嫌い。次だとデデデが苦しむと楽しい。最後のだとブラデには何らかの苦悩があるのだが、鏡の国で何かの妥協をしてダメタやシャドカビと幸せになる方法を見つけるとか、そういう地味で面倒くさい解決法から目を背けてデデデを倒すことに執着しているという話かな。


    抵抗性の暴力

    純粋に加害的な暴力としばしば混同されるのが、「抵抗性の暴力resistive violence 」である。これはある行動を他者に制止されたときに発動するものだ。一般の社会人にもこれは容易に誘発される可能性がある。

    解離に関する断章 その14. 「暴力的な交代人格」をコントロールする
    http://kenokano.blogspot.jp/2011/01/14.html



    つまりブラデは自分こそが被害者だと思って暴れたのかもしれない。例えば、鏡の国でダメタやシャドカビと三時のおやつを食べるところだったのだが、なぜか異世界に召喚されてしまったので、怒っていた、とか。
    前々から、「(本体である)デデデが自分の邪魔をしている」というような怒りや恨みをブラデが抱いていた、という可能性もある。
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