初音ミク達ボーカロイドの「調教」という言葉

    初音ミクやKAITO等の音声合成ソフトの音声を細かく調整する事は、一部で「調教」と言われています。
    しかし、この言い方には違和感がある人もいるみたいで「調声」という、造語でいおうとする人もいるようです。なお、本来の「調声」(ちょうしょう)は仏教用語?です。 「調教」という言葉をヤフーの辞書で引くとこうなります。

    国語辞書との一致 (1~1件目 / 1件) 検索辞書:大辞泉 提供:JapanKnowledge

    ちょう‐きょう【調教】
    [名](スル)動物を目的に応じて訓練すること。「盲導犬として―する」「―師」



    きっと「調教」という言葉をいやがる人は、シンセサイザーを動物扱いすることに違和感を抱いているのでしょう。


    はいはいわかってますよ。
    「人間を動物並に扱うSM的なものを連想する」から、調教という言葉をいやがっているのですね。
    機械を人間扱いした上で動物扱いする、ややこしい時代になったもんです。
    まあ、ソフトのパッケージがこんなんですから。



    ですが、わたしが知る限り最も古く、シンセサイザーに対して「調教」と言ったのは、神谷重徳です。彼はレーサーの経験のある、機械に詳しい、シンセサイザー・プログラマーです。彼は「電子音楽イン・ジャパン」(1998年発行)という本の中でこう語っています。

    僕にとってのシンセサイザーというのは、自分の思っている方向に調教できる楽器って意味が強いですから。




    電子音楽in Japan


    (この画像は私の持っている旧版ではなく、新版の物です。)
    ここでこの人のいっている「調教」というのは、「プログラムを書き換える」レベルの事なんですけれども。DTMユーザーの世界では、黎明期から「調教」といっていたのかもしれませんね。
    この神谷さんの活躍した時代のシンセサイザーというのはアープ2600等の、ピアノ並みのサイズがあるような代物です。
    黒く大きく、扱いにくいその時代のシンセサイザーは、レースマシンのように、乗りこなすのが難しい「猛獣」でした。

    そんなシンセサイザーを萌え美少女化したという点では、MEIKOや初音ミクは画期的でした。
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    シンデレラの御者

    MBSの生放送番組に「ひるおび」という番組があります。
    6月24日、ゲストが鈴木史郎さんだった時のことです。
    鈴木さんの三歳の孫娘がディズニーのシンデレラがすごく好きで、彼女のシンデレラごっこにつきあっていたそうです。
    友人が微笑ましいなと思いながら、テレビを見ていると、「シンデレラの馬車の御者は何の動物が化けたもの?」というクイズが出ました。
    友人はネズミだと思ったそうです。ですが鈴木さんは自信満々に、「馬」と答え、そして、番組は「正解はネズミ」と表示しました。
    が、ここで鈴木さんが「馬です。もう一度、ビデオでその場面を見てください」と言って譲らなかったそうなんです。
    友人は、あまりにも鈴木さんが強固に主張するので、ディズニーのシンデレラのビデオを見てみたんだそうです。


    御者は馬でした。
    その後、番組の終わり頃に「色々な話があるので、馬でも正解という事にします」と、司会の人が鈴木さんにいったそうです。


    友人「ねえ、シンデレラの馬車の御者って何?」
    私 「(本棚を漁りながら)岩波文庫版のグリム童話の「灰かぶり」だと、そもそもカボチャの馬車が出てこないが」

    友人「え? ディズニーのオリジナル?」
    私 「ちょっとまって。あった、ペロー童話の「サンドリヨン」にカボチャの馬車が出てくる。これの御者がネズミだ」

    友人「サンドリヨン? 」
    私 「シンデレラは、英語。フランス語でサンドリヨン。日本語で灰かぶり。ペローはフランスの人。」
    友人「それじゃあ、シンデレラっていった場合は、ペロー童話じゃなく、アメリカのディズニー映画をさす事にならない? 鈴木史郎が正解だよ」

    たぶん、ペロー童話版を元に、そのクイズはスタッフが作ったんでしょう。それでディズニーの話をしていたゲストと、ペロー童話版の話を想定したスタッフの齟齬があったんでしょう。司会者は、童話とアニメの違いを知らなかったから、フォローできなかったんでしょうね。ゲストがディズニーについて、語ってるのに、ディズニーではなく、原作となった童話の話です、という説明なしにいきなりクイズを出したのは、番組制作者側のミスですね。

    引用、参照元は正確に。でも、日常会話であまり細かく正しさを追求すると「マニアのうんちくが始まった」扱いですから、ほどほどにしたいものです。