『ジャータカ物語〈4〉』(仏教説話)の「美少女の名前」

    超人的存在が花から生まれてくる話があります。有名なものでは、チューリップから生まれる『アンデルセン童話』の「親指姫」とか。今回お話するのは、『ジャータカ物語〈4〉』(仏教説話)の「美少女の名前」です。
    これはある苦行僧が、ハスの花の中に、かわいらしい女の子を見つけて育てる話です。
    ヒマラヤの山奥で清らかで美しい少女に育った彼女に、王様が軍と家来を引き連れて求婚に来ました。育ての親である苦行僧は「娘の名前をあてられたら」と、言います。
    王様は、一年間考えました。しかし、ことごとく外れでした。
    あきらめて帰ろうとする王様に美少女は、あきらめないで下さい、と励まします。
    王様は、もう一年留まりました。野獣や寒さのために王の馬や家来は、死んでいきました。
    三年目、とうとう王様は帰る決意をしました。
    美少女はどうしてお帰りになりますの、と言いました。
    王様は怒って、わたしを惑わす、あなたの言葉を疑う、と言いました。すると美少女はにっこりと微笑みました。彼女の名前は「疑い」でした。
    苦行僧は、時期はずれの花の中に座っていた彼女のことを不思議に思い、「疑い」という名を付けたのです。
    そして王様は美少女を后にしました。

    名前をあてたらゲットできるという、古典的な「謎掛け姫」のお話でした。
    かぐや姫は、竹から生まれた「謎掛け姫」ですが、そういえば、なんで竹なんでしょう? 空洞があるから?
    日本でも平安時代とかだと、女性の名前は身内と夫しか知らないので、多くの研究者の努力にも関わらず、紫式部の本名は、いまや誰も知らなかったりします。
    本名と素顔を知られるとデスノートで殺されちゃいますから、そうしてるんですよ。平安時代は呪殺が盛んでした。参考資料『陰陽師』
    インターネット時代でも「素顔と本名を知ることが出来たら、身内」みたいな雰囲気はありますね。

    しかし、「疑うことを知らない者は、真の王たりえない」とは、こりゃまたすごい哲学ですね。
    姫が「あなたの名は愛」と叫んで終わるオペラ版の『トゥーランドット』は、近代の西洋の娯楽作品だから、そういう話なんでしょうか。
    それから「美少女の名前」には、美少女の側に何の罪もないのがすごいですね。『トゥーランドット』その他の謎掛け姫の場合は、プリュンヒルトのような「男に勝負を挑む姫」として、求婚者を処刑しまくるもんですが。この話で家来が死ぬのは、いわば王様のせいだし。
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    ヘラクレスとイーピトス

    「援助者の男が殺される話」つまり、ヘラクレスとイーピトスの話についてです。神話にはなぜイーピトスが殺されたか、書いてありません。

    「(ヘラクレスは)結婚しようと思って、オイカリアーの支配者エウリュトスが、彼とその息子たちを弓術で負かした者に褒美として娘のイオレーを妻として提供しているのを知った。そこでオイカリアーに来て、弓術で彼らを負かしたが、結婚はできなかった。息子の中の年長のイーピトスはヘーラクレースにイオレーを与えようと言ったが、エウリュトスと他の息子たちは、子供を作って、また生まれた子供を殺しはしないかと心配だと言って、拒否したからである。暫く後にアウトリュコスによってエウボイアから牛が盗まれた時に、エウリュトスはヘーラクレースのしわざであると思ったが、イーピトスはそれを信ぜず、ヘーラクレースの所に来て、彼がアドメートスのために死んだアルケースティスを救って、ペライから来るのに出遇い、ともに牛を探すようにと誘った。ヘーラクレースはその約束をして、彼を歓待していたが、再び気が狂って、ティーリュンスの城壁から彼を投げた。」

    ギリシア神話

    他の資料にあたってみたら、「ヘラが呪った」以上の、ヘラクレスが狂気に陥った理由とか、書いてあるのかもしれませんが、とりあえず、ネットで検索しても出てきません。

    まあ、狂人には関わらない方がいいという、教訓話なのかもしれませんが、ギリシアの人は「ヘラクレスが狂気に陥ったのは、ヘラのせい」というだけで納得してたんでしょうか。うつ病を医学書に記した、古代ギリシア人は、それなりに狂気に対する理解があったはずです。それで思ったんですが、ヘラクレスの狂気って「ヒステリー」だったんじゃないでしょうか。つまり思い通りに行かないことがあったり、プライドを傷つけられたりすると激昂して暴力的な行動に出るというタイプの「狂気」です。解離傾向? 自己愛性人格障害?

    プロレスラーのような英雄ですが、そんなものではないかと。こういう人はよくいます。ギリシア人も「力自慢の成功者なら、そういうこともありそう」とかいう納得の仕方をしていたので、この話が今に至るまで神話として残っているのではないかと。

    じゃあ、なんでヘラクレスはイーピトスに対して、怒ったのでしょう? イーピトスが空気を読めないタイプで、ヘラクレスの心の地雷をついうっかりふんじゃった、という可能性もありますが、たぶん寝ようとして断られたんでしょう。ギリシア神話なんて男同士の「友情」よりも「愛情」の話の方が多いのですから。ヘラクレスも女とも男とも寝るタイプの英雄です。
    ヘラクレスはイーピトスの自分に対する好意を「愛情」と思って口説いたが、イーピトスの方は「友情」のつもりだった。この解釈なら英雄を助けに来た貴公子が、いきなり殺される話は、変な話でもなんでもなくなります。っていうか、少年愛が普通にある社会なら、よくあるトラブルだったんじゃないでしょうか? 男の男に対する「あなたが好きです」が、「友情か愛情か」なんて行き違いは。そう思うと古代ギリシアらしいひねりのきいた話ですね。