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    ギルガメシュ叙事詩

    美形で金持ちで血筋もよくて社会的地位も高く、女にモテまくりで、好き勝手のし放題だった天才が居た。そんな彼よりも強い男が現れた。その男は森で動物と共に暮らしていた。だが、そんな野生児に天才は一人の女を差し向けて、人間らしくしてしまう。女に連れられて野生児は天才に出会い対決する。彼らの戦いは激しく、どちらも倒れなかった。そして、野生児は天才の方こそ、世界一の男であると認めた。そして、友を得た天才はわがままな振る舞いをやめた。やがて二人は、共に力を合わせて敵と戦い、勝利を治めた。
    どこの少年漫画だって感じですが、この話は『ギルガメシュ叙事詩』の前半のあらすじです。気付かれた人もいらっしゃるかもしれませんね。
    細かい話は今はしませんが、これは楔形文字で粘土板に刻まれた物語を解読したものです。ざっと、数千年前のチグリス・ユーフラテス。その真の姿は砂の中にいまだ埋もれたままの、ロマンティックストーリー。
    上で「天才」と書いたのはギルガメシュ王。強くて賢くて美形の暴君。その身の三分の二は神。三分の一は人。まさに「神の申し子」。その彼は様々な圧制を行い、臣下の娘や妻をわがものとし、人々を嘆かせた。人々の嘆きを聞いた神々は、一人の男を土から作り、森の中に置いた。それがエンキドゥ。まさに「おまえと戦うために生まれてきた」状態。
    現代の少年漫画なら、野生児とか庶民派とかいう方が主人公になりますが、この叙事詩はインテリ向けの物語だったのでしょう。
    野生児が天才を変える話、とすると今の少年漫画でもよくあるでしょう。少女漫画でやったら、『のだめカンタービレ』。宿命のライバルだったら、『ガラスの仮面』。
    野生児が恋で変わる話、という話は『ジャングルの王者 ターちゃん』じゃなかった、『ターザン』でもありますし、『美女と野獣』タイプの話なのかもしれません。
    ちなみにこの天才と野生児の好敵手にして親友の物語は、ゆでたまご先生のパターンではない気がします。むしろ梶原先生ですね。梶原先生の方が古典的ということでしょう。
    「花形=ギルガメシュ 星飛雄馬=エンキドゥ」とか「星飛雄馬=ギルガメシュ 伴宙太=エンキドゥ(あるいはその逆)」とか。ぴったりくる気がしませんか?
    『ドラゴンボール』はやはり、「ベジータ=ギルガメシュ 孫悟空=エンキドゥ」なんでしょうか? 
    『キン肉マン』は、「バラクーダ=ギルガメシュ キン肉マン(ウォーズマン)=エンキドゥ」とも考えられますが、キン肉マンの親友というとテリーマンの印象が強い……そんなこと言ったら、孫悟空の親友もクリリンなわけですが。
    男にとって好敵手ってなんでしょう?
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    『ピノッキオの冒険』

    最近、『ピノッキオの冒険』というディズニーの『ピノキオ』の原作にあたる小説を読んで驚いたこと。

    1 ゼペットじいさんはヅラ
    2 ピノキオは木材の時から命があった
    3 コオロギはピノキオに殴り殺される
    4 妖精に出会うのは、ピノキオが悪者に殺されかかった時
    5 家出したピノキオを無理矢理連れ戻そうとしたゼペットじいさんは、児童虐待の疑いをかけられて投獄される
    6 ピノキオは海でマグロに助けられる
    7 ピノキオはロバになってから、サーカスに売られる

    いやー、すごいね。
    こっちにはこっちで、ディズニーとは、別な方向にメルヒェンとしての完成度があります。

    ピノキオの流れを汲む「父親に作られた息子」の物語としては、鉄腕アトムが日本では有名です。

    死んだ息子の代わりに、機械人形を作るというのは、手塚先生の独創かな?
    ピノッキオのジェッペットじいさんは、別に息子を失ってはいません。
    しかも、木材の時点で生きている(口がないのにしゃべる)ということは、命を吹き込む力は、ジェッペットにはないということです。人間になるのは、妖精の力です。
    映画の『A.I.』は「理想の父」と「理想の息子」の葛藤ではなく、「理想の母」と「理想の息子」の葛藤でした。
    アトムは、男性の神が土をこねて息子にあたる人間の男性を作った、というキリスト教的な世界観の申し子?
    人が科学によって神たらんとする話? 自分が息子を喪失したという、現実を受け入れなかった男の話?
    ピグマリオンは、理想の女性を彫刻する話ですから、ちょっと違います。