闘将!! 拉麺男(たたかえ!! ラーメンマン)2 JCS(3)

    少し間が空きましたね。


    破壊鬼玉王の復讐の巻

    [あらすじ]


    物語は中国の湖南省で行われた布包拳(ボクシング)の試合の風景から始まる。
    王者マーベラス・ハグラーは必殺の天安門破裂拳で、勝利したその瞬間、不気味な男がリングに降り立った。
    全身にこまかいヒビのようなものが入った、奇妙な質感の男だった。
    土偶人(ドグーマン)と名乗る彼は、他にも四川省で毒蠍剣斬馬(どくかつけんざんば)を山東省の活殺自在拳(かっさつじざいけん)ジャッキー・李(りー)河北省の魔宇威山(まういやま)ら数多くの達人を拉致する。
    そしてラーメンマン達は事件の真相究明に乗り出す。
    旅の途中、シューマイは朝御飯の林檎を食べ、ラーメンマンの修行を見学する。
    しかしなぜかラーメンマンの調子がよくない。
    フォームの崩れから、ラーメンマンが足を痛めているのを、見抜くシューマイを見て、怪しい人物が使えるぞ、あのガキ、とつぶやく。
    その人物がその場を去って、滝の前で岩を動かすとそこに「ラーメンマン打倒養成所」が現れる。そこは、サイボーグ化した破壊鬼玉王が造った施設で、さらわれた武道家たちは、そこで地獄の特訓を受けていたのだった。
    そして玉王は機械人形の土偶人に、シューマイを入れて「こころ」とし、ラーメンマンに勝とうとする。
    場面は変わって、白狼村の入り口で困っているラーメンマンとシューマイに、村人らしき人物が、この道は土砂崩れで通れないという。
    仕方ない、野宿しようと言うラーメンマンにシューマイが不満の声をあげる。
    もう修行なんてうんざりだ、ラーメンマンよりも弱い武道者が悪いことをやってお金を稼いでるのに、強いラーメンマンはいつも貧乏暮らし、ラーメンマンにも悪くなって欲しいと言い出すシューマイを、ラーメンマンはつい殴ってしまう。
    「なぐったな……」「ラーメンマンはおいらのことが、もう、かわいくないんだあー!!」
    と叫ぶシューマイと怒るラーメンマンに、見かねた村人らしき人物が割ってはいる。
    彼は子供だからしょうがないといい、二人を近くの自分の家に招こうと言うが、ラーメンマンはそれでは修行にならないと、断る。
    それを聞いて、シューマイは一人で村人らしきおじさんについていってしまう。
    ラーメンマンは怒りのあまり絶縁を言い渡し、その場を去るが、振り返り、つい未練の気持ちに涙を流す。そして雨の中一人歩くラーメンマンはシューマイを連れていった老人の手に拳法ダコがあったことに気が付く。
    罠と気が付いて引き返すラーメンマンは、たくさんの武道家たちが折り重なって倒れているのを見つける。その一人は、誘拐された、ジャッキー・李だった。
    彼は脱走を試みて、失敗したのだった。
    そして玉王は滝を開けてラーメンマン打倒養成所の闘技場に、ラーメンマンを招き入れる。
    そして誘拐されたハグラーに襲われ、仕方ないと、頭骨錐揉脚でラーメンマンはトドメを刺す。
    次の斬馬も、その次の魔宇威山も倒し、ラーメンマンは土偶人と相対する。
    所詮は機械と思ったラーメンマンだが、技を読まれてしまう。
    百歩神眼で、シューマイが土偶人の中にいることに気が付くラーメンマンだが、彼が叫んでもシューマイは目をさまさない。
    苦戦したラーメンマンはふと気が付いて、林檎を土偶人の中に投げ入れる。
    シューマイは目をさましかけ、土偶人の動きが止まる。
    太陽は、昇る太陽だけではなく、沈む太陽もあることを忘れるな、と言って土偶人に落陽紅脚でトドメを刺す。そして玉王は土偶人の下敷きになって倒れる。ラーメンマンはこの技は唯一、シューマイが知らなかった技だと、ラーメンマンは言う。
    目覚めたシューマイは林檎をかじって、やはりラーメンマンの林檎が一番おいしいといい、それを聞いたラーメンマンは楽しげに笑うのだった。

                      [あらすじ終わり]

     [解説]


    なんだかんだ言ってラーメンマンのことが好きなシューマイと、なんだかんだ言ってシューマイを心配しているラーメンマンの師弟愛が、温かく感じられる話です。

    前回に続き「身近な者が敵にまわると恐ろしい」というパターンですね。
    そして前回は「師匠の言うことを聞く弟子」の話で、今回は「師匠に逆らう弟子」の話ですね。
    わがままを言って人質になって、無意識のうちに敵にまわるシューマイが素敵です。

    なぐられておいらのことがかわいくないんだ、と叫ぶシューマイと、殴られてパパはボクがかわいくないの、というボーン・コールドがちょっとだけかぶりました。

    拉致の際、他の連中は格闘大会で優勝したりしている最中にさらわれましたが、唯一敵の企みに気付く李だけは、一人で修行していた時にさらわれました。
    名誉を求めたり、そのために残虐な戦い方をするハグラーや斬馬は、愚かであるといいたいのでしょう。とはいえ、李も死んでいるので、やはり鏡の中の怪人にさらわれてしまうような内向性も、ゆで先生は評価しないのでしょうか。

    最終的に勝利するのは、マジメに世界を旅して修行したラーメンマンなのですね。
    そんなラーメンマンにシューマイは結局ついていくのです。
    貧しくとも耐え、世間を見つつ、健気に努力しようというのが、この話のテーマなのでしょう。

    林檎って、赤い丸ですよね。これもひとつの「太陽」なのかもしれません。
    林檎が落ちるのを見てニュートンが万有引力の法則を思いついたという伝説から、エデンの園の知恵の実の神話まで林檎は「目覚め」「気づき」の象徴です。
    実際、朝御飯に林檎を食べると目が覚めますよね。

    なんで落陽紅脚という技が、唯一シューマイの知らない技かというと、子供は人生の黄昏を知らない、のでしょう。

    ゆで世界でものすごく重要な役割を果たす象徴として「太陽」があると思うのです。
    闇から光へ、冷から熱へ、ゆでまんがは常にそういう方向性を持つので。
    ついでにこころなき機械は、生身に劣るのが前提です。

    歪みのない物語作家などいませんが、そこから健全さを目指さない者は、大衆作家ではないのですね。


                           [解説終わり]

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    闘将!! 拉麺男(たたかえ!! ラーメンマン)2 JCS(2)

    どうも。少しはラーメンマンの分析に慣れて来たような気はします。


    筋肉拳蛮暴狼の弱点の巻

    [あらすじ]


    ある所でフィルムを見ながら、ラーメンマンの闘い方を分析する男達がいた。
    ラーメンマンの強さの秘密は極意書だ、その極意書は代々の達人の霊魂がそういう形で実体化したものだから、彼らの血と汗が染み込んだ嵩山少林寺道場の床石を削り取ったもの(怨石)を近づければ、霊は石の方に引き寄せられるだろう、という企みを彼らは考える。

    場面は変わってラーメンマンが、舞い散る木の葉を見て、旧友のザーサイのことを思いだしている。
    12年前、修行の一環として水くみをしているラーメンマンは、孤児のグループのリーダーだったザーサイに出会う。
    修行の邪魔をしてやろうとスイカの皮をザーサイは、ラーメンマンに投げつけた。そしてラーメンマンは転んだ。だが、ラーメンマンは水がこぼれなかったことを喜んで、起きあがり、そのまま走っていった。そして振り返り、ザーサイの近くの毒蛇をあぶないからと、一撃で蹴り殺したのだった。
    ラーメンマンの強さと優しさに感動したザーサイは、生まれて初めて人に頭を下げた。
    孤児である自分達を馬鹿にした、大人達を見返してやりたいから、超人拳法を教えてくれと頼んだのだ。
    しかしラーメンマンは自分も修行中の身だし、そんなに強くなりたいならキミたちも陳老師に弟子入りしたら、と言う。
    だがザーサイは大人は信用できない、あくまでもあんたから教わりたいと言い張り、ラーメンマンは水くみに来るときに1時間だけ教えようと言う。

    しばらくラーメンマンと孤児達は老師に隠れて、楽しく拳法の稽古をする日々を送っていたが、ある日老師に見つかり、ラーメンマンは、修行中の身なのに、人にものを教えると何事だ、と叱責される。ザーサイは悪いのは自分だと、ラーメンマンをかばう。
    だが、老師はラーメンマンにこのような悪ガキと付き合うな、付き合ったら破門だ、という。ラーメンマンはザーサイに別れを告げ、ザーサイは仲間だと思っていたのに、おまえもおとなのいいなりかと叫んで、その場から立ち去る。
    その時、ザーサイの背中に枯葉が張り付く。

    老師とラーメンマンはザーサイたちが拳法なんか身につけなくとも、立派にやっていけていることを願っていた。

    だが、再びラーメンマンとシューマイの前に現れた、ザーサイは筋肉拳蛮暴狼という殺人拳の使い手となっていた。
    その仲間の孤児達、メンマ、屯(トン)・珍(チン)・奸(カン)もその手下として、その後に続いていた。
    ザーサイは己を裏切ったラーメンマンへの恨みを晴らすため、強くなって世間に認められるため、山で独自の修行をしたのだった。
    あらゆる攻撃をはね返すような鋼鉄の体をつくるため、滝にうたれ、灼けた砂の上をころげまわり、水をふくんだ大木を体にうちつけた彼は、どんな技であろうと跳ね返す肉体を手に入れたのだ。
    そして彼らは企み通り、怨石でラーメンマンの102芸を奪う。
    魂の形である技が石に引き寄せられ、極意書は白紙になってしまう。
    技を取り返したくば、追って来いと、肩を落とすラーメンマンに、蛮暴狼は言い残して去る。ラーメンマンは蛮暴狼が奪った技を、悪用はしないことを祈る。

    だが、達人の技を身につけた蛮暴狼の手下達は、となり村で次々に人々を死に追いやっていた。
    手下たちを止めようとした蛮暴狼は、はずみで子供を殺してしまい、錯乱して暴れ回る。
    彼らに虐殺された村人の死体を見たラーメンマンは、深く悲しむ。
    「な…なんてことだ。ザーサイのうらみの対象は、いつもおとなたちで、子どもには絶対手をださなかったのに…」

    蛮暴狼を討つ決意をしたラーメンマンはシューマイと、彼らの後を追う。
    蛮暴狼の前に立ったラーメンマンに、技はこちらにあると手下たちは襲いかかる。
    彼らの烈火太陽脚と打穴三点くずしをラーメンマンは余裕でかわし、彼らは同士うちで死ぬ。そして、またひとりの手下がラーメンマンに襲いかかり、技を外して大きな怪我を負う。最後のひとりの手下は、ラーメンマンに技を返してその場から逃げ出す。

    蛮暴狼と相対するラーメンマンに、蛮暴狼はわたしにはこの筋肉があればいい、という。
    心突釘裂脚、命奪崩壊拳などの取り返したばかりの技をラーメンマンは繰り出すが、蛮暴狼の筋肉にはね返されてしまう。
    蛮暴狼はラーメンマンを熊胴圧搾で苦しめる。ところが蛮暴狼の背中に、あの時の枯葉がまだ張り付いていたのを、ラーメンマンは気づき、その葉をはがす。
    ラーメンマンの命奪刺葉拳の一撃で蛮暴狼は倒れる。
    なぜだという蛮暴狼に、葉のついた部分は鍛えきれなかったのだとラーメンマンは言う。
    さすがだといいながら、息を引き取った蛮暴狼の側にラーメンマンは座り込む。枯葉が舞い落ちる中、ザーサイとの楽しかった日々を、ラーメンマンは静かに回想した……。


                    [あらすじ終わり]



    [解説]

    ゆでたまご先生(原作)本人が気に入っているというだけあって、瑞々しい情感の溢れるいい話ですね。


    ところで、手下が技を外したときに、ラーメンマンは、超人102芸は外れた時は、風圧の摩擦をうけ、全エネルギーが自分に返ってくる、とか言ってますが、風圧の摩擦とは言わないだろうと、思います。風圧は、風の押す力です。人が空気を蹴ったとき、蹴られた空気は、確かに人の脚を押し返します。そして空気はその場から移動することによって風となります。でも、それで全エネルギーが返ってくるというのは、ちょっとありえない。空気はやわらかいから、音速を超えるとかそういう速度でないと、人の肉体のかたさに対抗できないでしょう。

    まあ、いきなり自分の実力を超えた技を出すとケガをするっていうのは、真実。
    別のたとえをするなら、受け身の練習もろくにしていない小学生がキン肉バスターを教室でやると、尾てい骨を骨折しますよ……とか?


    滝に打たれるような修行をしたのに、10年以上も前の枯葉がついているはずがないだろうと、まず突っ込んでおきましょう。
    元になった話は、ジークフリトの退治した竜の血を浴びて不死身になったときに葉が一枚ついていて、そこは不死身にならなかったという話です。その弱点は妻だけが知っていました。
    しかし、その場合、その瞬間だけ落ち葉がついていたわけで、何年間もついていたわけじゃないですよね。
    ゆで先生にとっては、肌は角質化して鎧になるものなのか?
    たぶん、これでよしとした背景には「枯葉=死や別離の象徴」というところに納得しているんでしょう。

    誰にでも弱点はあり、往々にしてそれは本人が気がつかないものだ、というストーリー自体は真実です。ただ、もうちょっと上手い例えはなかったのかという気はしますね。

    キン肉マンII世では、ケビンマスクとスカーフェイスの話が同じパターンです。
    スカーの弱点は、ケビンを助けた時についた傷です。
    その傷をケビンが万太郎に教えることで、スカーの敗北が決定的になります。そしてケビンにその決心をさせたのは、ブロッケンJrでした。
    超人なのになんでそんな古傷が治ってないのかという疑問は、II世の時にも感じましたけれど、枯葉のインパクトにはかないませんね。
    共通するのは「友人とは弱みを握っている相手」と「正しい父親的男性に従って友人を裏切る」と「迷いつつもその弱点を突いて、かつての友人を倒す罪悪感」というところです。
    正直、コワイ「友情」感覚だと思うな。
    「ボクだけがキミの秘密を知っていて、キミの命運を握っている」って、なんか小学生とか幼い少年の「親友」に対する独占欲みたいなものを感じますね。
    しかし「あんな悪い子と遊んではいけないよ」と友達について大人に言われたことでも、幼少期にあるんでしょうか? 逆に悪い子扱いされて、絶交されたとか?
    別に実体験ではないのかもしれませんね。
    「友人に導かれて父から自立」という物語をII世で描きたがるゆで先生には、当然逆に「父に従い友を裏切る」という方向性の物語が内在しているでしょう。

    落ち葉は、別れた友に対する哀惜の念の表現かもしれません。
    妻に関わりを求める定年退職後の夫を「濡れ落ち葉」と表現するように「未練」の象徴としては、くっつく落ち葉は適切ですよね。
    あんなに仲がよかったのに、どうしてあの友は離れていったのだろう、どうしていつまでも仲よくできなかったのだろう、そこに納得できない気持ちが、蛮暴狼の物語の主題です。
    身を犠牲にして自分の命を助けてくれまでしたのに、どうして自分達は敵同士なんだろう、というのがスカーの傷に象徴されるケビンの哀惜でしょう。逆にそんな間柄なのに、どうしてケビンは裏切ったんだというのが、スカーの憤りなのです。


    ゆで先生って「呪い」とかのオカルトはいやがる割に、それは呪いだろう、そうでないと説明が付かない、みたいな話をよく描きますね。

    人は科学以前は現実を魔術的に理解していました。
    それは、人間の脳の構造的に「魔術的」とか「神話的」とかいうように理解した方が、理解しやすいからではないかと思います。人は体験から学ぶものなので、理屈が間違っていても、古い時代にはあまり生存競争に影響はなかったり。
    テトロドトキシンなんて知らなくても、フグ食ったら死ぬことがあるとだけわかっておけばいい、みたいな。
    所詮近代科学の歴史なんて数百年ってこと。

    だから、現代でも多くの人がテレビの仕組みとか、風邪薬の仕組みとか、色々なものを知らないままに、ある種の魔術として理解しています。
    真空中では重い物も軽い物も物の落ちる早さは同じ、でも真空中でものが落ちるのを見たことがある人はあまりいません。
    これが、科学の弱点なのです。
    普通は「真空中ではものの落ちる早さは同じ」が、正解と教えられて、
    「空気がない」
    「風がない」
    「紙は風に舞う」
    「風の吹かない世界だったら、紙も石も同じ速度で落ちるのかも」
    という感じに知識や経験を組み合わせて理解するか、ただ暗記する。
    最新科学は、一般人の実感しない世界を語るものです。
    ただ、科学者というのは、人にもよるけど彼らなりに体験と理論を結びつけているもので、頭の中が暗記と機械作業でできているわけではありません。
    特殊な物語を実感したり、理論に感動したりできる人たちということなので、冷静一辺倒とか、機械的思考とかいうもので、科学者が語れるわけではないと思います。
    経験の量とか知識の結びつけ方で、科学理論が頭に入るかどうかが決まるような気がします。

    ゆで先生は「象徴と実態の区別があいまい」というか「たとえ話を実感する」人なのだと思います。
    そうですね、池袋のビルを見てキーパーツを探してしまう子供のような感性というか。ちょっと違うかな。
    簡単にいえば、普通の人より意識が日常ではなく、無意識の方に寄ってる人。
    意識は言語の世界で、無意識はイメージの世界と言われている。
    ときどき、ゆで先生はそのイメージから、言語への変換が不適切になってしまうのでしょう。いや、科学的なこと以外ではかなりまともな言葉を使う人だよな。
    あるいは、そのイメージの投影対象が普通の人とズレてる。何かというと、男の体をものに例えたり、ものを男の体にたとえたりするのが、ゆで先生。
    「現実」が自分の肉体と自分の生活に限定されてる子供には、受けるたとえ話をする人です。

    合理的な意識は5歳前後に形成されてくる。それまで子供は世界を魔術的神話的に体験する。
    たぶんゆで先生は「感動で世界を知る」タイプではないのか、と思うのです。
    ゆで先生にとって、「世界」は「自分が感動できるもの」でできている。子供もまた世界を体験と感心と感動で知る。
    学校の勉強はゆで先生を感動させず、テレビとまんがと本と映画と実体験はゆで先生を感動させたんでしょう。
    だから、ゆで先生は非合理なおとぎ話まんが家なのだと思います。
    単行本の読者コメントで「子供の頃、キン肉マンで国名を覚えました」というのは、感動やイメージによる記憶の典型なんでしょう。


    最後まで読んで下さった方、お疲れさまです。