『アインシュタインよりディアナ・アグロン』歌詞騒動について

    『アインシュタインよりディアナ・アグロン』歌詞騒動のかんたんなあらすじ

     秋元康が『アインシュタインよりディアナ・アグロン』という歌詞をHKT48のために書き下ろす。

    【MV】アインシュタインよりディアナ・アグロン [なこみく & めるみお] (Short ver.) / HKT48[公式]
    https://www.youtube.com/watch?v=6fFmiiR94W4

     内容が「女性差別だ」として炎上する。

    「女の子」を愚弄した秋元康を<断罪>する  『glee』が私たちに教えてくれたこと
    http://mess-y.com/archives/29624

    差別だ、いやそうじゃない、差別かもしれないがこの程度のことは無視しろ、で議論は平行線。

     リテラが記事にする。

    HKT新曲の歌詞が女性蔑視だと大炎上…「女の子はバカでいい」と書く秋元康のグロテスクな思想は昔から
    http://lite-ra.com/2016/04/post-2157.html

     秋元康の側から、リテラに抗議がくる。

    秋元康の歌詞を「女性蔑視」と批判したら、AKB運営から「名誉毀損及び侮辱罪」「記事を削除せよ」の恫喝メールが
    http://lite-ra.com/2016/04/post-2181.html

    その後ネットで幅広く議論の種に。

    この騒動のポイントはこのあたり。

    作詞者が有名
    実在の女優の名前を曲のタイトルに使用
    歌詞の内容が女性蔑視と受け取れる
    歌うのは年若いアイドル

    自分の立ち位置

    グリーは見ていない。ダイアナさんの名前はこの件で知った。秋元康の歌詞とリテラの記事、どっちが好きかと聞かれたら、普段は断然秋元康の歌詞だ。が、この件ではリテラに戦ってほしい。
    ヘビーローテーションを聞いて「かわいい恋の歌だな」と思って(鈍くてすみません)、公式PVを見に行ったら、下着姿で引いた、という経験もあり、リテラの主張にも一理あると考えている。
    【MV】 ヘビーローテーション / AKB48 [公式]
    https://www.youtube.com/watch?v=lkHlnWFnA0c

    名誉をめぐる戦い

    前提として、名誉毀損法というのは、たとえそれが事実でも、女性差別主義者を「この人は女性差別主義者です!」と不特定多数に伝わるような形で、言ってはいけないという法律だ。その人の社会的評価が下がるから。
    親告罪であることもあり、ネットの言論空間では著作権法並に遵守しないことが常識になっている気さえする。しかし著作権法は厳しい法律だ。著作権者がその気になれば、絵一枚の無断転載でも勝訴できる。そのように、名誉毀損法も実は一行の非難でも、勝訴可能な厳しい法律なのだ。

    だが、「この作品の主張は女性差別的だ」と批判するのは表現の自由だ。ある人の表現の自由と別の人の表現の自由が議論という形でぶつかり合うのは、健全な民主主義だ。
    リテラの記事は、作品の分析と批判が大半だが、作詞家本人を批判している箇所もあるので、AKB運営側の弁護士にはそれなりに勝算があるのだろう。
    しかし、作詞家本人に対する批判を削らせることができても、歌詞の内容に関する批判は名誉毀損法では差し止めできない。
    リテラがその気になれば「この歌詞はひどい」という主張自体は、敗訴の後も続けられる。ぶっちゃけ、数行けずれば合法なんじゃないだろうか。

    参考
    名誉毀損で訴えるための構成要件や時効
    https://www.bengo4.com/internet/1071/%E5%90%8D%E8%AA%89%E6%AF%80%E6%90%8D%E3%81%A7%E8%A8%B4%E3%81%88%E3%82%8B%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E6%A7%8B%E6%88%90%E8%A6%81%E4%BB%B6%E3%82%84%E6%99%82%E5%8A%B9/

    私はこれが炎上したのは、タイトルにも実在の人名を使ったからだと考えている。グリーや女優のファンの側にしてみれば、「名誉をめぐる戦い」を仕掛けられたという気分だろう。
    単に歌詞の内容が不道徳という話なら、昔からある話だ。

    おニャン子クラブの『おっとCHIKAN!』の歌詞が酷いw
    http://raitd.com/282


    「アインシュタインよりディアナ・アグロン」の歌詞について

    歌詞は以下の動画を参照。

    【MV】アインシュタインよりディアナ・アグロン [なこみく & めるみお] (Short ver.) / HKT48[公式]
    https://www.youtube.com/watch?v=6fFmiiR94W4

    ディアナ・アグロンはどういう女優か。

    彼女は映画界にも進出し多くの作品に出演しながらチャリティ活動にも熱心だ。動物保護、同性愛者権利活動を支持しているだけでなく、毎年の自身の誕生日にはLGBTティーンの援助活動、人身売買対策活動などへの寄付を募っている。2011年には米国赤十字主催の日本津波被害者のためのチャリティランにも参加しているのだ。
    http://mess-y.com/archives/29624/3

    これはもしかして「勉強熱心で男に頼らず社会に貢献する女性にあこがれるけど、自分は頭からっぽな女の子の生き方がしたい」という女の子の歌なのでは。

    歌詞が最初から最後まで一貫していたら、単調だから、異物を混入しておくのは物語性を高めるテクニックだ。大衆向けであり、マニア向けでもあるという、それ自体はよい構成。ギャップのあるキャラ作りなんだと思った人は、たぶん、ラノベとかになれてる。

    微妙な例えだが、環境省のツイッターをフォローしてて、飲むコーヒーにはカエルのマーク、カップにはパンダのマーク、添えるクッキーはフェアトレード、のせるお皿は間伐材、眠るシーツはオーガニックコットン、好きなアニメキャラはデデデ、というようなものではなかろうか。これに「好きなキャラの名前おかしいだろ」と突っ込むことができる人は、少なかろう。

    作詞者がグリーの内容も知り、ダイアナがどんな女性か知った上で、この歌詞を書いた可能性は高い。
    しかし私のこの「ひねったんだろう」という読みは、大半の人には「深読みしすぎ」に思われそうだ。
    それはつまり「ダイアナとはバカでいたい女の子が好きそうな女優」とあの歌詞を聴いた人の大半は、素直に受け取るだろうってこと。
    それはグリーやダイアナが好きな人には、「女優のイメージを傷つける行為」だ。

    一生懸命がんばっているアイドルが好き、と、親の金をアイドルにつぎ込む架空の男性ニートの歌があったとして、そのアイドル名が実名だったら、アイドルとそのファンは怒って当然じゃなかろうか。
    その歌詞の目的が風刺だとしても。

    歌詞だから「ダイアナ自身が頭からっぽだとは言っていない」とか主張する余地は、あるだろうけどね。
    じゃあそこに突っ込むのは、ネタにマジレスなのか。
    失礼ながら、グリーがどんな作品か知っている人の割合が、日本で高いとは思えない。
    「その歌詞を耳にする大半の人が知りもしなければ、調べもしない固有名詞」を、それを承知で入れるのは「それが誤解されてもかまわない」ってスタンスだろう。わかる人はおもしろがったり、感動するかもしれないけどね。なら「誤解されるだろ!」というのは、筋の通った批判。

    ビジネスとしては「女の子はバカでいいの」といいつつ「女性の自立」を訴えるような実在の女優が好きだという、架空の少女を演じる実在のアイドルに萌えろって話だろう。

    でもこれは、その架空の少女がその実在の女優を好きと言いつつ、否定する展開ともいえる。「努力し社会貢献する女性をきれいごと扱いしている」のだから、女性の自立と社会参加を主張する側が批判するのは当然。

    しかし一生懸命勉強して、企業で働くという「女性の自立」の現状は、あまり素敵なものではない。それはフェミニストの側も承知だ。

    上野千鶴子先生、東大女子は幸せですか? 力尽きるまで、働くしかできない女たち
    http://toyokeizai.net/articles/-/40336

    女性が勉強し努力しても、男性のように高い地位に就けるかっていうと現状は厳しい。
    そこはダイアナ・アグロンの出演したドラマ、グリーでも描かれた点だ。
    なら、バカの方が楽じゃないか、と思っても、専業主婦にもそうそうなれないこのご時世。
    「アインシュタインよりディアナ・アグロン」は、「科学的真実」も「女性の自立」も「男頼り」も夢物語でしかない現代の歌詞だ。
    そんな現実の中で「女はかわいければいいの」という少女は、自分とつきあう男性と、努力する女性の両方を冷ややかに見つめている。

    おニャン子クラブが消えていく頃には、女性バンドが全盛だった。だけど、今は自力でがんばる女性は音楽でもきっと流行っていない。アイドル総選挙のためにがんばるというのは、男の支えを求める話だ。また、ボーカロイドに自立はない。

    これが女性のシンガーソングライターが自ら歌ったのなら、その皮肉が共感されたかもしれない。しかしこれは男性作詞家が少女に歌わせているのだ。

    秋元康の歌詞には虚無があるという。

    秋元康の「虚無」~新曲歌詞の騒動に関する、CDB氏のツイートを中心に
    http://togetter.com/li/961961

    ただ、「アインシュタインよりディアナ・アグロン」は、空虚だから、寝ていよう、とはならなくて「恋」という形で、若さを消費しようという呼びかけだ。それはこのアイドルという商品の客に対して「疑似恋愛でむなしさを埋めようよ」とささやいているのかもしれない。

    その刹那主義はたしかに虚無だけど、私は自立や努力を否定するのはやはり不道徳だと考える。

    孤独で不道徳な人間の苦悩が文学だったりするから、こういう内容の歌自体は「面白い」。
    でも、それが「日本文化」として扱われ、税金が費やされたりするのは、果たして正しいのだろうか。
    日本国内でも賛否のわかれるようなものが、文化の違う海外に「クールジャパン」として流れ出す、そのリスクはどうなのか。
    議論はあってしかるべき。リテラもアイドルとプロデューサーと政治の関わりを突っ込みたかったらしい。

    私としてはこれを機会にアイドルビジネスと女性の自立についての議論が深まって、名誉毀損と表現の自由についての判例が増えればいいと考えている。
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    つい常識で考えてしまった

    ニュースを見ました。外国の首相のニュースです。
    他の男性と手をつないで演壇に上がるところでした。

    思ったんです。
    「あら、なんだか、うきうきとかわいらしい」
    こうも思いました。
    「相手は外国の要人かなんかだろうか」
    ええ、常識的に考えてしまいました。
    ほら、小泉元首相とブッシュが親しげに肩を叩いたり、握手したみたいに、国家間の協力だの軍事的同盟だの、外交的成功だののために親密さをマスメディアに対してアピールしているのだと。

    違いました。

    ルクセンブルク首相が同性婚=国家首脳で2人目(現在リンク切れ)
    http://www.jiji.com/jc/zc?k=201505/2015051600029&g=int

    直観の方を信じるべきだったな。
    例え外国の男性の首相が他の男性と親しくしているニュースでも
    「我が国はこれからも他国との協力関係を重視していきたい」というニュースとは限らず、
    「この人と結婚しますv」というニュースのこともあるのだと、学びました。

    あるアメリカ企業の本国回帰

    img20120210114901602[1]


    去年どころか一昨年、2010年と2009年のアメリカブランドのクリスマスオーナメント用のビーズキットの写真が出てきたので、載せておきます。THE BEADERYというブランドです。アメリカも手芸の盛んな国です。
    ネズミのほうが、2009年のビーズオーナメントキットで、雪の結晶が2010年です。2010年の方には星条旗が輝いています。2009年の方は、中国製なんですよ。2010年のは、アメリカ製。ビーズ会社が本国で材料を調達することにしたのです。

    2010年アメリカの選挙で、中国にアメリカ企業の工場を建てる政治家への批判が盛り上がりました。

    2010/10/13「中国」が選挙CMでモテはやされる訳

    クリスマスのビーズキットにまで、その波がちゃっぷーんと押し寄せたんですね。日本も同時期あたりから、日の丸つき商品をよくみるような。