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    『ドラゴンボール』の中の英雄神話

    今回は『ドラゴンボール』の主人公である孫悟空の出生に関する物語が、どのように古来からの英雄神話と重なり、当時のヒット作の影響を受け、その上で独自性を見せているかを書く。


    少年漫画の中の英雄神話の多さ

    『ドラゴンボール』を読んだことのない僕が、先輩に反論するために全巻読了した結果2018.10.14
    https://liginc.co.jp/429028

    栄藤八氏のこの記事について、色々と意見があるようだが、このブログ記事では以下に引用する部分に絞って考える。

    物心がついた頃から親がおらず、生まれ持った才能を持つ主人公。そしてその才能の理由が、仲間想いの性格で……。そうです、これは英雄物語の黄金パターンなのです!
    (中略)
    このような主人公のキャラクター設定には、高貴な身分から落ちてしまったという悲劇、そしてその境遇に立ち向かい栄光を手にするというサクセスストーリー、といった読者の心を掴む要素があるのではないでしょうか。
    (中略)
    ストーリーに関しても、当時はまだ「黄金パターン」のキャラクター設定を採用している作品がそこまで多く世に出ているわけではなく、さらに作者の「いきあたりばったり」な書き方も相まって斬新な物語だと感じた読者が多かったのではないでしょうか。


    私が引っかかったのは「当時はまだ「黄金パターン」のキャラクター設定を採用している作品がそこまで多く世に出ているわけではなく」という部分だ。
    このような「実は主人公は訳あって捨てられた、特殊な力を持つ王子」のパターンは『ドラゴンボール DRAGON BALL』(1984)以前の古いマンガにもゴロゴロあった。統計データは示せないが、名作やヒット作の具体例は多く思い浮かぶ。

    例えば1952年連載開始の『鉄腕アトム』が「地位の高い父に捨てられた英雄」だ。しかもロボットという「人間以上の何か」である特別な存在だ。同じ手塚治虫先生の『どろろ』(1967)も、日本神話の蛭子の物語を元にして書かれた、英雄伝説の構造に忠実な作品で、父親に捨てられ、肉体の様々な部分を失って生まれてきた少年が主人公だ。
    DBと同じくジャンプの『荒野の少年イサム』(1971)は、侍の父とインディアンの母を持つが、親とはぐれてしまい、アメリカでならず者に育てられる天才ガンマン少年の漫画。
    捨てられてはいないが、『バビル二世』(1973)も、地球に不時着した宇宙人と人間の娘の子孫だ。
    少女漫画だが『紅い牙シリーズ』(1975)の主人公は、古代超人類の血を引く超能力少女で、生後5年にわたり狼に育てられている。

    1977年の映画『スター・ウォーズ エピソード4』の主人公は、伝説の戦士である実の父の血を受け継ぎ、親戚に育てられた天才戦士である。
    少年ジャンプ連載の『キン肉マン』(1979年)は、主人公はキン肉星の王子だったが、ブタと間違えて地球に捨てられた。みじめな暮らしをしていたが、友情パワーで王位を継承する。
    より詳しくはこちらをどうぞ。
    英雄の誕生 ―キン肉マン研究中…
    http://www.yuzuriha.sakura.ne.jp/~akikan/pain/um/6.html

    また、『ドラゴンボール』の孫悟空のサイヤ人としての生い立ちの描写には映画版の『スーパーマン』(1978)の影響がある。アメコミだが、スーパーマンの初出は1938年だ。『スーパーマン』は宇宙人が崩壊する自分の星から科学者が息子を小型ロケットに乗せ、地球へ発射する話だ。同じく鳥山明先生の『Dr.スランプ』(1980年)でもパロディされている。1970年代から1980年代の日本のアニメや漫画に対する『スーパーマン』や『スター・ウォーズ』の影響力はすごかった。特に鳥山明先生は絵柄の面でも、アメリカンポップカルチャーの風を感じる。
    同時代の作品としては少年ジャンプの『聖闘士星矢』(1986)がある。主人公が財閥の総帥である父親に、孤児として聖闘士の修行に出され、女神の戦士として活躍する話。
    『ジョジョの奇妙な冒険』(1987)は、連載開始時の主人公は幼少期からの孤児ではないが、実の父を知らず育った特別な才能を持つ主人公は、複数いる。

    結論として、1984年連載開始の『ドラゴンボール』より前にも、捨てられた王子の物語は名作やヒット作として存在し、それらの影響を受けた作品も多かった。
    長々と列挙することになったが、引用記事が「多くなかった」と、あいまいな書き方なので、あえてこうした。
    もちろん、昭和時代には英雄伝説の典型から外れる少年漫画の主人公も多い。『タイガーマスク』は孤児だが、実の父親は不明なままだ。同じ梶原一騎先生の『巨人の星』の主人公は父親が名選手だったが、孤児ではない。
    しかし、現在でも少年漫画の主人公の設定は「親に捨てられた天才王子」ばかりではない。今のところ『呪術廻戦』や『Dr.STONE』は違うだろう。
    だから、「『ドラゴンボール』の主人公の設定は、英雄伝説風」というのは、まあ正しくても、「(今に比べ)この当時は多くなかった」というのは、違うと私は考える。


    英雄神話のパターンとはどんなものか

    冒頭引用文の中の才能の理由が仲間想いの性格、というのが「英雄物語の黄金パターン」って、誰の影響を受けた考えなんだろう。「友情、努力、勝利」は少年ジャンプのコンセプトだから、DBの連載誌である、ジャンプの黄金パターンではなかろうか。
    「友情」は、大塚英志先生が『物語の体操』(2003)で抜き出した「英雄神話」の構造には含まれない。大塚先生は、オットー・ランクというフロイド派の研究者が、エディプス(オイディプス)からモーゼ、イエス、ヘラクレス、ジークフリートといった人物を主人公とする古今の英雄神話の共通の構造を、こう再構成した。

    a 英雄は、高位の両親、一般には王の血筋に連なる息子である。
    b 彼の誕生には困難が伴う。
    c 予言によって、父親が子供の誕生を恐れる。
    d 子供は、箱、かごなどに入れられて川に捨てられる。
    e 子供は、動物とか身分のいやしい人々に救われる。彼は、牝の動物かいやしい女によって養われる。
    f 大人になって、子供は貴い血筋の両親を見出す。この再会の方法は、物語によってかなり異なる。
    g 子供は、生みの父親に復讐する。
    h 子供は認知され、最高の栄誉を受ける。


    こういった英雄伝説の例をいくつかあげよう。イラン最大の民族叙事詩『王書』(シャー・ナーメ)に登場する英雄は、黒髪の両親から生まれた王子でありながら、生来の銀髪で、父に捨てられ、神の鳥に育てられた。『マハーバーラタ』に登場する英雄ビーシュマは女神ガンガーと王の息子であり、幼少期を王宮ではない所で過ごしている。また『ドラゴンボール』の元ネタである『西遊記』も孫悟空が異常な誕生をしているし、三蔵法師は訳あっての捨て子である。
    英雄物語がどうこうと書きながら、栄藤八氏は記事中でその具体例をあげていない。
    この構造に忠実な漫画作品は、『どろろ』や『キン肉マン』や『ドラゴンボール』あたり。正直なところ「英雄伝説を描くかどうかは、米国映画を愛するかどうか」みたいな感じがしなくもない。この前、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』(2017)を見てきたが、相変わらず主人公の設定が英雄伝説で、これらマーベル映画の影響を受けた日本の漫画家が、英雄伝説風少年漫画を再生産するのだろう。

    若い世代が普段読まない古い作品を読むと、他を知らないから「昭和時代はこのパターンは、新しかったんだろう」とか思いがちだが、昭和でも古かったり、普通だったりする可能性がある。そういうことは他にも同時代や、さらにその前の時代の漫画を読まないと判断できないのだ。
    それに昭和の漫画だけを読んでもわからないこともある。映画や小説やニュースやアニメや特撮やスポーツと漫画は地続きだ。『キャプテン翼』の背景には「Jリーグすらなかった時代」があるが、若い世代には遠いだろう。

    むしろドラゴンボールは主人公が宇宙人という意味で、特別な血筋ではあっても王子ではなく庶民の出で、半分ぐらいひねってある。王子なのはライバルであるベジータの方だ。ひねりがあるということは、この時点ですでにありふれていたことのひとつの証ではなかろうか。
    もし、孫悟空がサイヤ人の王子だったら、ロムルスの神話などを知らない当時の一般読者に『キン肉マン』のパクリ、と非難されただろう。先行作品と被らないように配慮した結果、いきあたりばったりに見えてもいるのではなかろうか。
    それから、「王子ではない」孫悟空の英雄としての物語は「一族の仇」としてフリーザに復讐する方向へ流れた。孫悟空はフリーザに故郷の村ならぬ、星を焼かれているが、この「故郷の星の破壊」については、『スター・ウォーズ』(1977)が有名。
    その後、アニメ版『ドラゴンボールZ』の『たった一人の最終決戦』で、「父の敵討ち」という日本の伝統の物語とまぜられて、それが漫画版にも取り入れられている。
    「ただ一人、フリーザに抵抗したバーダック」という「反体制派の英雄」の造形は脚本の小山高生氏(1948年生まれ)の世代かもしれない。
    なお、西洋で「善良な実父の仇として、悪しき義理の父を殺す」物語で有名なのは、シェイクスピアの『ハムレット』(1600?)だろうな。



    つまらなくても古典は読むべきか

    私がドラゴンボールを読んだことがないということを知ると、先輩は「コンテンツ制作に携わる人間として、ドラゴンボールを読んだことがないなんてありえない!」と言ってきたのです。
    まあ、わからなくもありません。漫画コンテンツの大ヒット作品であるドラゴンボールを読んで勉強することは、確かに重要なことでしょう。
    しかし、20数年前に流行った漫画を読むことが現代のコンテンツ制作に果たしてどれほど役立つのでしょうか。

    『ドラゴンボール』を読んだことのない僕が、先輩に反論するために全巻読了した結果2018.10.14
    https://liginc.co.jp/429028


    先輩の主張自体は正論。そこは記事を書いた栄藤八氏もわかっているのだ。
    SNSで先輩側を批判する人も多かったのは、「勉強として読んだら、ムリに進められたら、名作漫画も楽しくないだろ」というのもあるだろう。しかし、教科書で読まされる名作文学と似たような扱いになるのが、「古典」扱いということでもある。
    手塚治虫先生は数千年前の仏教説話を元に、その当時の「現代のコンテンツ」である『火の鳥』を制作していた。具体的には欲が深くなる薬で星が滅ぶ話。元は酒を知らない村に商人によって、それが持ち込まれる話だ。
    例えば「学校で無理やり感想文を書かされたので『山月記』(1942)が嫌い」という話は、純粋な中島敦先生のファンには悲しいだろうが、合わない人にも一応教えるのが教育でもある。
    実際、この記事には「古典や名作の読書量が少ないが故の論の弱さ」がある。これが「昭和の漫画を大量に読んだ上での感想」なら、「突っ込むためのネットでの拡散」は減っただろうな。商業的には炎上もいいことかもしれんが。
    コンテンツを扱う仕事についている、目指すなら、たとえ興味がなくても数千年前の神話や百年前の古典や数十年前の名作、逆に最新作やヒット作は「勉強」として読む、見る。多くのプロがそう口にする。
    しかしそれはとてもお金と時間のかかることなので、「面倒くさい」や「追いきれない」という意見は当然あるだろう。
    自分が普段このブログで書いている文章も「この人、1980年代のサンライズアニメに詳しくないな」とかいう目で見られていそうだし、ある程度は仕方がないな。

    この文章が話題になった背景には古式ゆかしい「大人はわかってくれない」「最近の若い者は」というような、世代間の対立の他に、現代ならではの「楽しさ」と「コミュ力の重視」がある気がする。
    「不快なコミュニケーションを、なんでもかんでもハラスメント認定」みたいな風潮ね。
    読書量や見たアニメの量、見た映画の量、プレイしたゲームの量が少ないとマニアの話の輪に加われないという状況は、相対的に少なくなっていくのかもしれない。
    コンテンツが大量に作られすぎて「全体を把握している人」なんていなくなって、その場その日を楽しんでいこう、という時代。だからこそ、多くのオタクが「今日のTwitterの話題に乗り遅れまい」とこの記事に一言ものもうしまくったんじゃなかろうか。

    私はTLに「『ドラゴンボール』は読んでないけど、そうなのか」みたいな感想を記事に対してつぶやいていた人がいたこともあって、これを書いた。読んだこともないマンガなら、あいまいな感想でもなんとなく信じてしまう人もでる。

    自分は普段アニメ版『星のカービィ』について調べているのだが、2001年のアニメでありながら監督の吉川惣司氏が1947年生まれのために、戦前戦後のアニメや映画が元ネタのことが多くて泣けてくるよ。
    「別に元ネタは知らなくてもいいのでは」と思うかもしれない。楽しむ分には。だが、感想や批評や分析の方に踏み出すなら、知らないと自爆だ。

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    『チックンタックン』電子版の感想

    鳥キャラ探索中ということで、電子版の『チックンタックン』を読む。うむ、丸くて黄色い足のペンギンだ。


    1985年まで学研の○年の学習や○年の科学に連載されていた漫画。雑誌は今は休刊になっているが、当時は売れている雑誌だった。絵は石ノ森章太郎先生。1984年にアニメ化もされた。これが懐かしい人は40代ぐらいかな。
    簡単にいえば、小学生の美少女のところにペンギンに似た二頭身の宇宙人が帽子型のじいやを連れて居候に来る。電子版1巻の表紙の三人がこれで、少女はミコちゃん、宇宙人はチックン、帽子がタックン。美少女の家に変な居候というのは、藤子先生より手塚先生の『三つ目が通る』に近い印象だ。
    電子版の立ち読みはここで可能。
    https://booklive.jp/product/index/title_id/60000814/vol_no/001?utm_campaign=sns-tw&utm_source=social&utm_content=product-index&utm_medium=social&bl_inno=none
    紙の単行本の『チクタク大冒険(石ノ森章太郎萬画大全集)』は、京都国際マンガミュージアムに所蔵されている。
    https://mediaarts-db.bunka.go.jp/mg/book_titles/183318

    電子版1巻は「科学」の掲載作を収録、2巻は「学習」の掲載作を収録している。
    Wikipediaの記述を信じるなら、1巻だけが「絵がアシスタントではなく石ノ森章太郎」である。
    なお、1巻の絵は人物が小さめで、複数の人物がひとつのコマに描かれていることが多い。

    科学まんがなので、科学知識が漫画の中に織り込まれている。
    「かたつむりににんじんばかりたべさせたら ふんのいろはなにいろになるかな」
    (『1年のかがく』掲載版より)
    「アデリーペンギンなんか、結こんしようと思うと、小石をプレゼントするんだから。」
    (『5年の科学』より)
    学習漫画の方も、学年によっては言葉の起源について語っていたりした。
    まんがの中の家や旅先が、すごく緑豊かで昭和の風景を感じられる。
    木造で瓦屋根の一戸建ての家に、庭に面した木の廊下や竹の縁台、セミのとまれるような木の何本もある庭は、田舎でも少なくなりつつあるだろう。
    季節感はコロコロコミックなども重視しているが、自然に対する思い入れは石ノ森章太郎先生の作風でもあるのだろうか。

    小ネタあれこれ

    主人公のパートナーとしての帽子は『ドロロンえん魔くん』(1973年~)のシャポーじいが、私の知る限りでは一番古いかな。
    最新は『スーパーマリオオデッセイ』のキャッピー。

    敵の親分の家来ロボットのギジギジは『ピクミン』(2001年)のダマグモに似てる。石ノ森先生のデザインなんだろうか。ギジギジがダマグモの元ネタかどうかまではいえないが、1980年代からアニメや漫画であったデザインとはいえる。
    古典SFの世界での、タカアシガニ風メカといえば『宇宙戦争』(小説は1898年)のトライポッド(三脚)が有名。名の通り三本足だ。

    ダマグモは4本足。
    ギジギジは6本足なので、昆虫っぽい。

    2巻の方に、悪役のドクターベルが、家来のギジギジを木製のハンマーでガンガン叩いている話がある。
    シティハンターといい、1980年代は相方をハンマーで殴るのが流行っていたのか? こういうのって、テレビのお笑い番組が流行らせたりしていて、漫画やアニメだけ見ててもわからないんだよね。
    ちなみに、親分の方が千葉繁さんで、家来の方が緒方賢一さんだ。龍田直樹さんは主人公側のロボであるジタバタメカタン。

    『写真集 交尾』という性教育の本を買った

    写真集 交尾』という子供のための科学的な性教育の本がある。小学生にも読めるようにふりがなつきだ。
    ちなみに、一ページ目にはマダカアワビの体外受精とアフリカマイマイの交尾の写真が掲載されている。アフリカマイマイは人を死に至らしめる寄生虫の宿主であり、日本では有害動物指定を受けている。エスカルゴの代用として食用にされたりもする。それと、人間がやるのは難しそうな格好で、アデリーペンギンが交尾しながらキスしている写真が掲載されている。他にはスズメとか。身近な鳥だが、そういえば交尾は見たことがなかった。

    Eテレが『香川照之の昆虫すごいぜ!』などの子供も見るような動物番組で交尾をとりあげるのも正しい生物学教育であるとともに、正しい性教育を目指しているのだろう。未来ある子供達に動物性愛の傾向をもたせようとかではない……はず。

    ルポ 餓死現場で生きる (ちくま新書)』には子供は神からの贈り物と考える発展途上国での、避妊具の普及の難しさを書いたくだりがある。避妊は呪術によって行うのが、彼らの常識なのだ。「動物は交尾で子孫を残す」や「精子と卵子が合体して赤ちゃんが生まれる」と小学生に教育するのは、避妊教育の前準備でもあるのだ。
    子供が出来ませんように、と神に祈ることをおかしいと思う人もいるかもしれないが、子供が出来ますようにと神に祈る人は現代日本でもたくさんいるのだ。

    阪神大震災物語という本を大阪のレンタルボックスで入手した

    阪神大震災物語
    兵庫県中小企業家同友会編
    たくましき中小企業家たちのたたかい 内外書房
    平成7年10月17日
    定価1500円

    おそらく自費出版に近い形態で発行された本。
    阪神大震災の際に被災者となった、兵庫県の中小企業の社長達がどうしたかを、インタビューと寄稿で記録してある。唯一の?女性社長としてスナックのママが登場している。
    それでわかったのは、ビルがつぶれたからといって、会社がなくなるとは限らないということ。
    工場の一角に本社を移転したり、プレハブで早期に営業を再開したり、工務店の親戚に補修を頼んだり、離れた場所に事務所を新しく借りたりといった、様々な体験が納められている。
    個人が生き残るための防災の知恵というのはニュースでもよく聞くが、会社が生き残るための知恵というものは、あまり聞かなかったので、面白かった。


    ここに手記やインタビューが掲載された企業は、20年以上たった今でも存続しているのかと思い、簡単に検索をかけてみた。
    多くが存続しているようだ。社長の名前が本と同じだった会社も複数あり、震災の後も社長として生き抜いたのだと感動した。

    本に登場する企業のリスト
    特定できた会社には、リンクを張ってあります。

    日本ジャバラ工業株式会社
    http://www.jyabara.co.jp/

    株式会社 公詢社
    http://www.kohjun.co.jp/

    株式会社山本幸次郎商店
    http://nttbj.itp.ne.jp/0785758650/index.html

    横山株式会社
    http://www.yokoyamakk.com/index.htm

    株式会社 フタハト
    http://www.rakuten.co.jp/two-doves/index.html

    神戸電子パーツ株式会社
    http://www.engineer.jp/1603.html

    株式会社富士防水工業
    http://nttbj.itp.ne.jp/0120078551/index.html

    マザークリーニング
    http://www.shiminuki.jp/

    丸本産業株式会社
    http://www.marumotosangyo.co.jp/index.html

    澄川商会
    http://www.rakuten.co.jp/kobefragrant/index.html

    古石工業株式会社
    http://www.mapion.co.jp/phonebook/M26012/28365/0795323678-001/

    お仏壇の畑中
    仏壇の畑中、破産手続き開始 負債約2億6800万円 2014/9/16
    http://www.kobe-np.co.jp/news/keizai/201409/0007335962.shtml

    橋本建設株式会社
    http://www.kobe-hashiken.co.jp/index.html

    株式会社ミツワ
    http://townpage.goo.ne.jp/shopdetail.php?matomeid=KN2800060600022638

    スナック「パッション」
    特定できず

    座談会

    関西工管有限会社
    http://www.kansaikoukan.com/index.html

    株式会社 サンエース
    http://www.refine-kobe.com/index.asp

    株式会社 センタージムキ
    特定できず

    新星電気株式会社
    http://www.shinsei-el.co.jp/

    株式会社 マルミ製作所
    http://marumi-kobe.com/index.html

    投稿手記

    株式会社エミヤ
    http://www.emiya.co.jp/index.php

    株式会社六甲歯研
    http://www.e-108.com/

    投稿手記

    有限会社 ライブアインス
    特定できず

    株式会社藤製作所
    http://www.fuji-sss.co.jp/

    株式会社 ワインパルジャパン
    特定できず

    有限会社 藍和不動産
    特定できず

    日本ビジネスデータープロセシングセンター
    https://ssl.nihon-data.jp/

    堂内米穀店
    特定できず

    株式会社 神栄商事
    特定できず

    有限会社 アサヒエンジニアリング
    特定できず

    有限会社 昭花園
    http://sho-kaen.jp/index.html

    六甲テレコム株式会社
    http://www.sun-inet.or.jp/~rokk1661/

    大関化学工業株式会社
    http://www.ozeki-chemical.co.jp/

    NSKエンジニアリング株式会社
    http://townpage.goo.ne.jp/shopdetail.php?matomeid=KN2800060600002662

    高嶋酒類食品株式会社
    http://www.konanzuke.co.jp/index.htm

    株式会社渡辺農園
    http://www.watanabe-nouen.co.jp/

    早水電機工業
    http://www.hayamizudenki.co.jp/

    『ゲゲゲの鬼太郎』のバックベアードの正体は閃輝暗点

    バックベアードという妖怪は、水木しげる先生のオリジナル妖怪だという。
    おそらく水木しげる先生は、バックベアードを実際に見たのだ。

    片頭痛の直前に見える幻視を、閃輝暗点という。
    閃輝暗点で検索すると、バックベアードに似た画像がいくつか見つかる。
    実際に見た人の話はこうだ。

    17歳の娘のことなのですが、時々、ぴかぴかした光が見えてギザギザのようにだんだん広がって見えるといいます。視界が暗くなって見えにくくなるようなのですが、中に人の顔のようなものが見えることがあるそうです。


    閃輝(性)暗点 とつか眼科
    中心が暗くて人の顔のようなものが見え、ふちが稲妻のようにギザギザして、歯車のように回転しながら視界をふさぐ、閃輝暗点はバックベアードそのものではないだろうか。ちなみに、アニメ五期のバックベアードは紫電と空間の歪みをともなって現れる。

    参考 突然、視野が欠けギラギラ光るものが見えた

    それでは水木しげる先生自身のバックベアードに、関する文章を引用しよう。

    この目でにらまれると、にらまれたものはとたんにめまいを感じ、ビルなどにいればたちまち落ちてしまうという。


    妖怪世界編入門 1978年 水木しげる

    この水木しげる先生の文章は「閃輝暗点を伴うめまい」という、病院ではよく聞く訴えではなかろうか。
    「めまい」は片頭痛と関連性が高い。

    めまい患者さんの約40%に片頭痛があるとされています。逆に片頭痛を有する人の約20%にめまいがあるとも言われています。

    めまいと頭痛|医療法人 入野医院

    芥川龍之介の『歯車』での、閃輝暗点とされる描写はこうだ。

    僕の視野のうちに妙なものを見つけ出した。妙なものを?――と云うのは絶えずまわっている半透明の歯車だった。僕はこう云う経験を前にも何度か持ち合せていた。歯車は次第に数を殖やし、半ば僕の視野を塞ふさいでしまう、が、それも長いことではない、暫らくの後には消え失せる代りに今度は頭痛を感じはじめる、――それはいつも同じことだった。


    歯車 青空文庫

    水木しげる先生は読書家だったので、本人が頭痛の時に閃輝暗点を見たのではなく、本や他人の体験談から着想した可能性もある。
    絵においては、内藤正敏氏の写真や、ルドンの絵画の影響であるとする説がある。
    鬼太郎最強のライバル「バックベアード」の由来と成立を考える
    たしかにこれらと似ている。
    しかし、内藤正敏氏の写真には「めまい」に関する文章は、ついていたのだろうか?
    元とされる「少年ブック 昭和40年8月号」や「少年ブック1967年8月号付録」の文章にも、「めまい」の文字はない。前者に「しらずにガケからおちたり、めくらになる」という文章はある。だが、ガケから落ちる理由は定かではない。目が見えなくなることと関連して、「目の前が暗くなったから」かもしれないし、逆に「まぶしく感じた」からかもしれない。憑依体験かもしれない。
    また、にらまれた者を死に至らしめる、邪視という概念自体は古くからある。

    水木しげる先生の「妖怪大戦争」(1966年5月)でも、めまいの描写はある。
    バックベアードの目を見た鬼太郎は「くらくらくらくら」という擬音とともに倒れ、夢遊状態でバックベアードに操られ、そのバックベアードの死とともに正常な状態に戻る。

    これは神経調節性失神(脳貧血)といわれる、めまいがした後での気絶らしくもある。だがその後夢遊病(睡眠時遊行症)に移行しているので、心因性の失神から催眠により解離したのだろう。古い言葉ではヒステリーとなるか。

    「妖怪ラリー」(1968年9月)でも、バックベアードは魔女や鬼太郎をにらみつけて、めまいをおこさせている。この時は気絶も夢遊病も伴わない。

    かように水木しげる先生は、バックベアードと「めまい」を結びつけている。
    だから、私は「バックベアードは、ある程度水木しげる先生の実体験に基づく」と考える。
    片頭痛の原因ははっきりしないそうなので、人がなぜ閃輝暗点を幻視するのかはわからない。
    バックベアードが有名な妖怪になった理由のひとつには、似たようなものを見たことがある人が少なくないということがあるんじゃなかろうか。それこそルドンも見たのかもしれない。

    閃輝暗点は古くから人々の目の前に現れていた。
    現代になってそれは、都会に立ち並ぶビルの上に現れるようになったのだ。