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    『ドラゴンボール』の中の英雄神話

    今回は『ドラゴンボール』の主人公である孫悟空の出生に関する物語が、どのように古来からの英雄神話と重なり、当時のヒット作の影響を受け、その上で独自性を見せているかを書く。


    少年漫画の中の英雄神話の多さ

    『ドラゴンボール』を読んだことのない僕が、先輩に反論するために全巻読了した結果2018.10.14
    https://liginc.co.jp/429028

    栄藤八氏のこの記事について、色々と意見があるようだが、このブログ記事では以下に引用する部分に絞って考える。

    物心がついた頃から親がおらず、生まれ持った才能を持つ主人公。そしてその才能の理由が、仲間想いの性格で……。そうです、これは英雄物語の黄金パターンなのです!
    (中略)
    このような主人公のキャラクター設定には、高貴な身分から落ちてしまったという悲劇、そしてその境遇に立ち向かい栄光を手にするというサクセスストーリー、といった読者の心を掴む要素があるのではないでしょうか。
    (中略)
    ストーリーに関しても、当時はまだ「黄金パターン」のキャラクター設定を採用している作品がそこまで多く世に出ているわけではなく、さらに作者の「いきあたりばったり」な書き方も相まって斬新な物語だと感じた読者が多かったのではないでしょうか。


    私が引っかかったのは「当時はまだ「黄金パターン」のキャラクター設定を採用している作品がそこまで多く世に出ているわけではなく」という部分だ。
    このような「実は主人公は訳あって捨てられた、特殊な力を持つ王子」のパターンは『ドラゴンボール DRAGON BALL』(1984)以前の古いマンガにもゴロゴロあった。統計データは示せないが、名作やヒット作の具体例は多く思い浮かぶ。

    例えば1952年連載開始の『鉄腕アトム』が「地位の高い父に捨てられた英雄」だ。しかもロボットという「人間以上の何か」である特別な存在だ。同じ手塚治虫先生の『どろろ』(1967)も、日本神話の蛭子の物語を元にして書かれた、英雄伝説の構造に忠実な作品で、父親に捨てられ、肉体の様々な部分を失って生まれてきた少年が主人公だ。
    DBと同じくジャンプの『荒野の少年イサム』(1971)は、侍の父とインディアンの母を持つが、親とはぐれてしまい、アメリカでならず者に育てられる天才ガンマン少年の漫画。
    捨てられてはいないが、『バビル二世』(1973)も、地球に不時着した宇宙人と人間の娘の子孫だ。
    少女漫画だが『紅い牙シリーズ』(1975)の主人公は、古代超人類の血を引く超能力少女で、生後5年にわたり狼に育てられている。

    1977年の映画『スター・ウォーズ エピソード4』の主人公は、伝説の戦士である実の父の血を受け継ぎ、親戚に育てられた天才戦士である。
    少年ジャンプ連載の『キン肉マン』(1979年)は、主人公はキン肉星の王子だったが、ブタと間違えて地球に捨てられた。みじめな暮らしをしていたが、友情パワーで王位を継承する。
    より詳しくはこちらをどうぞ。
    英雄の誕生 ―キン肉マン研究中…
    http://www.yuzuriha.sakura.ne.jp/~akikan/pain/um/6.html

    また、『ドラゴンボール』の孫悟空のサイヤ人としての生い立ちの描写には映画版の『スーパーマン』(1978)の影響がある。アメコミだが、スーパーマンの初出は1938年だ。『スーパーマン』は宇宙人が崩壊する自分の星から科学者が息子を小型ロケットに乗せ、地球へ発射する話だ。同じく鳥山明先生の『Dr.スランプ』(1980年)でもパロディされている。1970年代から1980年代の日本のアニメや漫画に対する『スーパーマン』や『スター・ウォーズ』の影響力はすごかった。特に鳥山明先生は絵柄の面でも、アメリカンポップカルチャーの風を感じる。
    同時代の作品としては少年ジャンプの『聖闘士星矢』(1986)がある。主人公が財閥の総帥である父親に、孤児として聖闘士の修行に出され、女神の戦士として活躍する話。
    『ジョジョの奇妙な冒険』(1987)は、連載開始時の主人公は幼少期からの孤児ではないが、実の父を知らず育った特別な才能を持つ主人公は、複数いる。

    結論として、1984年連載開始の『ドラゴンボール』より前にも、捨てられた王子の物語は名作やヒット作として存在し、それらの影響を受けた作品も多かった。
    長々と列挙することになったが、引用記事が「多くなかった」と、あいまいな書き方なので、あえてこうした。
    もちろん、昭和時代には英雄伝説の典型から外れる少年漫画の主人公も多い。『タイガーマスク』は孤児だが、実の父親は不明なままだ。同じ梶原一騎先生の『巨人の星』の主人公は父親が名選手だったが、孤児ではない。
    しかし、現在でも少年漫画の主人公の設定は「親に捨てられた天才王子」ばかりではない。今のところ『呪術廻戦』や『Dr.STONE』は違うだろう。
    だから、「『ドラゴンボール』の主人公の設定は、英雄伝説風」というのは、まあ正しくても、「(今に比べ)この当時は多くなかった」というのは、違うと私は考える。


    英雄神話のパターンとはどんなものか

    冒頭引用文の中の才能の理由が仲間想いの性格、というのが「英雄物語の黄金パターン」って、誰の影響を受けた考えなんだろう。「友情、努力、勝利」は少年ジャンプのコンセプトだから、DBの連載誌である、ジャンプの黄金パターンではなかろうか。
    「友情」は、大塚英志先生が『物語の体操』(2003)で抜き出した「英雄神話」の構造には含まれない。大塚先生は、オットー・ランクというフロイド派の研究者が、エディプス(オイディプス)からモーゼ、イエス、ヘラクレス、ジークフリートといった人物を主人公とする古今の英雄神話の共通の構造を、こう再構成した。

    a 英雄は、高位の両親、一般には王の血筋に連なる息子である。
    b 彼の誕生には困難が伴う。
    c 予言によって、父親が子供の誕生を恐れる。
    d 子供は、箱、かごなどに入れられて川に捨てられる。
    e 子供は、動物とか身分のいやしい人々に救われる。彼は、牝の動物かいやしい女によって養われる。
    f 大人になって、子供は貴い血筋の両親を見出す。この再会の方法は、物語によってかなり異なる。
    g 子供は、生みの父親に復讐する。
    h 子供は認知され、最高の栄誉を受ける。


    こういった英雄伝説の例をいくつかあげよう。イラン最大の民族叙事詩『王書』(シャー・ナーメ)に登場する英雄は、黒髪の両親から生まれた王子でありながら、生来の銀髪で、父に捨てられ、神の鳥に育てられた。『マハーバーラタ』に登場する英雄ビーシュマは女神ガンガーと王の息子であり、幼少期を王宮ではない所で過ごしている。また『ドラゴンボール』の元ネタである『西遊記』も孫悟空が異常な誕生をしているし、三蔵法師は訳あっての捨て子である。
    英雄物語がどうこうと書きながら、栄藤八氏は記事中でその具体例をあげていない。
    この構造に忠実な漫画作品は、『どろろ』や『キン肉マン』や『ドラゴンボール』あたり。正直なところ「英雄伝説を描くかどうかは、米国映画を愛するかどうか」みたいな感じがしなくもない。この前、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』(2017)を見てきたが、相変わらず主人公の設定が英雄伝説で、これらマーベル映画の影響を受けた日本の漫画家が、英雄伝説風少年漫画を再生産するのだろう。

    若い世代が普段読まない古い作品を読むと、他を知らないから「昭和時代はこのパターンは、新しかったんだろう」とか思いがちだが、昭和でも古かったり、普通だったりする可能性がある。そういうことは他にも同時代や、さらにその前の時代の漫画を読まないと判断できないのだ。
    それに昭和の漫画だけを読んでもわからないこともある。映画や小説やニュースやアニメや特撮やスポーツと漫画は地続きだ。『キャプテン翼』の背景には「Jリーグすらなかった時代」があるが、若い世代には遠いだろう。

    むしろドラゴンボールは主人公が宇宙人という意味で、特別な血筋ではあっても王子ではなく庶民の出で、半分ぐらいひねってある。王子なのはライバルであるベジータの方だ。ひねりがあるということは、この時点ですでにありふれていたことのひとつの証ではなかろうか。
    もし、孫悟空がサイヤ人の王子だったら、ロムルスの神話などを知らない当時の一般読者に『キン肉マン』のパクリ、と非難されただろう。先行作品と被らないように配慮した結果、いきあたりばったりに見えてもいるのではなかろうか。
    それから、「王子ではない」孫悟空の英雄としての物語は「一族の仇」としてフリーザに復讐する方向へ流れた。孫悟空はフリーザに故郷の村ならぬ、星を焼かれているが、この「故郷の星の破壊」については、『スター・ウォーズ』(1977)が有名。
    その後、アニメ版『ドラゴンボールZ』の『たった一人の最終決戦』で、「父の敵討ち」という日本の伝統の物語とまぜられて、それが漫画版にも取り入れられている。
    「ただ一人、フリーザに抵抗したバーダック」という「反体制派の英雄」の造形は脚本の小山高生氏(1948年生まれ)の世代かもしれない。
    なお、西洋で「善良な実父の仇として、悪しき義理の父を殺す」物語で有名なのは、シェイクスピアの『ハムレット』(1600?)だろうな。



    つまらなくても古典は読むべきか

    私がドラゴンボールを読んだことがないということを知ると、先輩は「コンテンツ制作に携わる人間として、ドラゴンボールを読んだことがないなんてありえない!」と言ってきたのです。
    まあ、わからなくもありません。漫画コンテンツの大ヒット作品であるドラゴンボールを読んで勉強することは、確かに重要なことでしょう。
    しかし、20数年前に流行った漫画を読むことが現代のコンテンツ制作に果たしてどれほど役立つのでしょうか。

    『ドラゴンボール』を読んだことのない僕が、先輩に反論するために全巻読了した結果2018.10.14
    https://liginc.co.jp/429028


    先輩の主張自体は正論。そこは記事を書いた栄藤八氏もわかっているのだ。
    SNSで先輩側を批判する人も多かったのは、「勉強として読んだら、ムリに進められたら、名作漫画も楽しくないだろ」というのもあるだろう。しかし、教科書で読まされる名作文学と似たような扱いになるのが、「古典」扱いということでもある。
    手塚治虫先生は数千年前の仏教説話を元に、その当時の「現代のコンテンツ」である『火の鳥』を制作していた。具体的には欲が深くなる薬で星が滅ぶ話。元は酒を知らない村に商人によって、それが持ち込まれる話だ。
    例えば「学校で無理やり感想文を書かされたので『山月記』(1942)が嫌い」という話は、純粋な中島敦先生のファンには悲しいだろうが、合わない人にも一応教えるのが教育でもある。
    実際、この記事には「古典や名作の読書量が少ないが故の論の弱さ」がある。これが「昭和の漫画を大量に読んだ上での感想」なら、「突っ込むためのネットでの拡散」は減っただろうな。商業的には炎上もいいことかもしれんが。
    コンテンツを扱う仕事についている、目指すなら、たとえ興味がなくても数千年前の神話や百年前の古典や数十年前の名作、逆に最新作やヒット作は「勉強」として読む、見る。多くのプロがそう口にする。
    しかしそれはとてもお金と時間のかかることなので、「面倒くさい」や「追いきれない」という意見は当然あるだろう。
    自分が普段このブログで書いている文章も「この人、1980年代のサンライズアニメに詳しくないな」とかいう目で見られていそうだし、ある程度は仕方がないな。

    この文章が話題になった背景には古式ゆかしい「大人はわかってくれない」「最近の若い者は」というような、世代間の対立の他に、現代ならではの「楽しさ」と「コミュ力の重視」がある気がする。
    「不快なコミュニケーションを、なんでもかんでもハラスメント認定」みたいな風潮ね。
    読書量や見たアニメの量、見た映画の量、プレイしたゲームの量が少ないとマニアの話の輪に加われないという状況は、相対的に少なくなっていくのかもしれない。
    コンテンツが大量に作られすぎて「全体を把握している人」なんていなくなって、その場その日を楽しんでいこう、という時代。だからこそ、多くのオタクが「今日のTwitterの話題に乗り遅れまい」とこの記事に一言ものもうしまくったんじゃなかろうか。

    私はTLに「『ドラゴンボール』は読んでないけど、そうなのか」みたいな感想を記事に対してつぶやいていた人がいたこともあって、これを書いた。読んだこともないマンガなら、あいまいな感想でもなんとなく信じてしまう人もでる。

    自分は普段アニメ版『星のカービィ』について調べているのだが、2001年のアニメでありながら監督の吉川惣司氏が1947年生まれのために、戦前戦後のアニメや映画が元ネタのことが多くて泣けてくるよ。
    「別に元ネタは知らなくてもいいのでは」と思うかもしれない。楽しむ分には。だが、感想や批評や分析の方に踏み出すなら、知らないと自爆だ。

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    エスカルゴンの名前について

    エスカルゴンの名前は、フランス語でかたつむりを意味するエスカルゴ(escargot)からきているものと思われる。末尾がゴンになっているのは、『星のカービィ』というアニメが怪獣退治ものだからではなかろうか。

    「イグアノドン」や「ヒプシロフォドン」などの「ドン」は、ギリシャ語で「歯」という意味の単語「odont」から来ています。
    「なんとかゴン」という名前は、怪獣に時々使われますが、「ゴン」に学問的な意味はありません。
    福井県立恐竜博物館
    https://www.dinosaur.pref.fukui.jp/app/webroot/dino/faq/0029.html



    なお、ドラゴンという語はギリシア語のドラコーン(蛇)に由来する。
    ※Wikipedia調べ

    ちなみにエスカルゴンという名前を持つキャラクターは他にも存在する。なぜか重機もあるでゲス。



    では英語名であるEscargoonはどうだろうか。これはおそらくescargot+goonだ。

    goon
    1.〈俗〉〔雇われた〕暴力団、ならず者
    2.〈俗〉ばか、間抜け

    英辞郎より
    https://eow.alc.co.jp/search?q=goon

    映画、ゲームのグーニーズ(The Goonies)もこの意味。
    つまり、間抜けなカタツムリか、ならずものカタツムリ。

    エスカルゴンの名前は、日本語だとカタツムリ怪獣。英語だとカタツムリのクズということに。日本語名だと外見重視の名付け、英語版は役割重視の名付けかな。

    『チックンタックン』電子版の感想

    鳥キャラ探索中ということで、電子版の『チックンタックン』を読む。うむ、丸くて黄色い足のペンギンだ。


    1985年まで学研の○年の学習や○年の科学に連載されていた漫画。雑誌は今は休刊になっているが、当時は売れている雑誌だった。絵は石ノ森章太郎先生。1984年にアニメ化もされた。これが懐かしい人は40代ぐらいかな。
    簡単にいえば、小学生の美少女のところにペンギンに似た二頭身の宇宙人が帽子型のじいやを連れて居候に来る。電子版1巻の表紙の三人がこれで、少女はミコちゃん、宇宙人はチックン、帽子がタックン。美少女の家に変な居候というのは、藤子先生より手塚先生の『三つ目が通る』に近い印象だ。
    電子版の立ち読みはここで可能。
    https://booklive.jp/product/index/title_id/60000814/vol_no/001?utm_campaign=sns-tw&utm_source=social&utm_content=product-index&utm_medium=social&bl_inno=none
    紙の単行本の『チクタク大冒険(石ノ森章太郎萬画大全集)』は、京都国際マンガミュージアムに所蔵されている。
    https://mediaarts-db.bunka.go.jp/mg/book_titles/183318

    電子版1巻は「科学」の掲載作を収録、2巻は「学習」の掲載作を収録している。
    Wikipediaの記述を信じるなら、1巻だけが「絵がアシスタントではなく石ノ森章太郎」である。
    なお、1巻の絵は人物が小さめで、複数の人物がひとつのコマに描かれていることが多い。

    科学まんがなので、科学知識が漫画の中に織り込まれている。
    「かたつむりににんじんばかりたべさせたら ふんのいろはなにいろになるかな」
    (『1年のかがく』掲載版より)
    「アデリーペンギンなんか、結こんしようと思うと、小石をプレゼントするんだから。」
    (『5年の科学』より)
    学習漫画の方も、学年によっては言葉の起源について語っていたりした。
    まんがの中の家や旅先が、すごく緑豊かで昭和の風景を感じられる。
    木造で瓦屋根の一戸建ての家に、庭に面した木の廊下や竹の縁台、セミのとまれるような木の何本もある庭は、田舎でも少なくなりつつあるだろう。
    季節感はコロコロコミックなども重視しているが、自然に対する思い入れは石ノ森章太郎先生の作風でもあるのだろうか。

    小ネタあれこれ

    主人公のパートナーとしての帽子は『ドロロンえん魔くん』(1973年~)のシャポーじいが、私の知る限りでは一番古いかな。
    最新は『スーパーマリオオデッセイ』のキャッピー。

    敵の親分の家来ロボットのギジギジは『ピクミン』(2001年)のダマグモに似てる。石ノ森先生のデザインなんだろうか。ギジギジがダマグモの元ネタかどうかまではいえないが、1980年代からアニメや漫画であったデザインとはいえる。
    古典SFの世界での、タカアシガニ風メカといえば『宇宙戦争』(小説は1898年)のトライポッド(三脚)が有名。名の通り三本足だ。

    ダマグモは4本足。
    ギジギジは6本足なので、昆虫っぽい。

    2巻の方に、悪役のドクターベルが、家来のギジギジを木製のハンマーでガンガン叩いている話がある。
    シティハンターといい、1980年代は相方をハンマーで殴るのが流行っていたのか? こういうのって、テレビのお笑い番組が流行らせたりしていて、漫画やアニメだけ見ててもわからないんだよね。
    ちなみに、親分の方が千葉繁さんで、家来の方が緒方賢一さんだ。龍田直樹さんは主人公側のロボであるジタバタメカタン。

    デデデ陛下のおむつ

    アニメ版『星のカービィ』72話 「ワドルディ売ります」(2003年放映)のちょっとした謎についての考察。

    72話で、ワドルディを全部売ってしまったデデデ大王が、側近のエスカルゴンと以下のような会話をする場面がある。

    「おやつは?」
    「自分で食べれば」
    「食事は?」
    「自分」
    「皿洗いは?」
    「自分」
    「洗濯は?」
    「アイロンがけは? 」
    「おむつの取り替えは!?」
    「誰がワシの面倒を……」


    この「おむつの取りかえ」というのが、ごく一部のファンの間で謎とされた。
    「デデデ陛下は、おむつをしているのか? 」
    服が並べられるだけだが、アニメ版のデデデ大王には第12話 「デデデ城のユーレイ 」で一応着替え場面があり、青い肌着を着ているわけではなさそうなのだ。
    つまり、裸に三角を並べた模様の筒状の服を着て、赤いガウンをはおり、冠をかぶっている服装だと推測されている。
    「デデデはおむつどころか、パンツすらはいていないみたいなのに、何のジョークだ」ってこと。
    もしかして昼間はノーパンだが、夜トイレにいけなくなったときの、おねしょ防止のためにパジャマの下におむつをしているのかもしれない。

    比喩か実際にはいているのかはわからないながら、おおむね「デデデ陛下はおむつが必要なほどにお子様」みたいな解釈を、少なくとも筆者はしていた。
    だが、筆者は以前に似たような言い回しのある小説を読んだことがあったので、気になって再読してみた。

    「会社会社っていうけど、あなたが最後にしなびた青菜みたいになって倒れても、会社はあなたのオムツを替えちゃくれないのよ」二言目にはオムツだ。「言っとくけどあたしだって、今みたいな仕打ちされていたら、あなたのオムツ、取り替えてなんてあげませんからね!」『東京発千夜一夜 上』「輪廻転生」森瑤子


    これは中年の妻が夫に言う台詞で「定年後にあなたの介護をするのは、会社ではなく妻であるこの私なんだから、もっと愛してちょうだい」という意味。夫はそんな妻にうんざりしている。
    だから、デデデ陛下の「おむつの取り替えは!?」というのは「この先老いたワシの介護は誰がしてくれるんぞい! 」という意味にもとれるな。
    もしかしたら、「老後の面倒を見る」の言い換えとして「おむつをかえる」という言い方が、一時期はやったのかもしれないが、そこまではわからない。
    『東京発千夜一夜』は1991年に朝日新聞に連載された。掲載紙の発行部数が多いので、読んだ人も多い小説だ。
    著者の森瑤子先生は1940年の生まれ。アニカビの72話の脚本を担当した野添梨麻さんは1962年生まれ。吉川監督は1947年生まれ。
    少なくとも2、30年前だと「老いた夫の介護を妻や嫁や娘がする」というのは、今よりも当然と考えられていた。一般論として「家族に見放される」=「老後に野垂れ死ぬ」みたいな考えは、世代が上になるほど強い。今は超高齢社会で妻子のいない老人も多すぎて、社会福祉でカバーする施策も進んでいる。しかし、予算が足りなくて高齢者の介護は、再び家族の手に戻されようとしている。
    「ワドルディ売ります」は家族を大切に、という話だったのだろう。

    今回とりあげた72話は、星のカービィ 20周年スペシャルコレクション - Wiiに収録されている。

    「私」というデデデ大王はいない

    公式の漫画、アニメ、小説のデデデ大王の語尾と一人称について、簡単に調べてみたデ。
    長期連載の一巻だとしゃべりが安定していないかと思い、途中の巻から抜き出したものもある。
    他にも漫画版のデデデはいるが、私が所有しているもののみ。後は任せた。

    一人称について

    今回は合計11名を調査したが、ワシ派とオレ様派がきれいにわかれた。

    ワシ 5名
    オレ様(表記ゆれふくむ) 4名
    わがはい 2名

    ゲーム版は、夢の泉の説明書が「ワシ」で、64時代の公式サイトでは「オレさま」で、バトルデラックスが「オレさま」となっている。64のサイトが最初に「オレさま」が使われた場面かはわからない。
    64当時のサイト↓
    https://www.nintendo.co.jp/n01/n64/software/nus_p_nk4j/gallery/gallery.html

    公式はバトルマンガっぽい「オレさま」に統一される流れなのかな~と思うが、ほぼ全部がギャグマンガだからか役割語としてのワシやわがはいも多い。外見だけだと、デデデ大王はかわいいペンギンなので「大人で大王」を強調するなら、ワシやわがはい。「関心を持たれたい」を強調するなら、「オレさま」なのかな。ワシというデデデ大王は、アニメのデデデ陛下が有名だが、公式のカービィ4コママンガにもその前からいたはず。


    語尾について

    小学館の大王様はそれぞれに特徴的な語尾やで。キャラを立たせてギャグを面白くするためだろう。角川は小説以外、標準語だ。小説の人物で語尾が特徴的だと「と、デデデ大王は言った」と書く手間が省けて便利だわい。

    「私はデデデ大王である」という大王様は調査範囲にいなかった。これはハル研究所の著作権管理部門(株式会社ワープスター)が、おっさんデデデを注文して回っているのか、小学館がそれをコロコロコミックにふさわしいキャラ立てとしているのか、わからない。小学生男子にとっては“パパ代理”なんじゃなかろうか。

    ともあれ、公式二次創作のデデデ大王の多くが、標準語を話さないというのは面白いことではある。

    以下実例。

    小学館

    『星のカービィ』さくま 良子 (1992年~)
    デデデ大王の一人称はオレ様。本人のしゃべりは標準語だが、お供のポピーが大阪弁。
    「こらーっ! オレ様のおやつまでとるなー! 」『星のカービィ 6』27Pより。



    『星のカービィ―デデデでプププなものがたり』ひかわ 博一(1994年~)
    一人称はおれさまで「~デ」という謎の語尾がつく。
    「おれさまの運動神経のよさを見せてやるデ! 」8巻74Pより。



    『星のカービィ! も〜れつプププアワー!』谷口あさみ(2006年~2016年)
    一人称はわがはい。あえてこれまでにない一人称を採用したのだろうか。大阪弁。
    「わがはいの願いは!! 星のカービィの連載の終了や!! そして、次回からは…、『銀河のデデデ大王! ~も~れつデデデアワー!!~』をスタートするんや!! 」5巻75Pより



    『星のカービィ パクッと大爆ショー!!』川上ゆーき(2012年~2015年)
    一人称はワシ。語尾に特徴は無く、標準語。
    「ワシにだきついたやつが、福-1グランプリの優勝者だ。」2巻61pより



    『星のカービィ 今日もまんまる日記! 』ダイナミック太郎(2016年~)
    一人称はワシ。「~じゃが。」などと、微妙に年配っぽいしゃべりなのじゃ。
    「その前にワシの部下を吐き出してはくれんかね。」1巻86Pより。



    『星のカービィ 〜まんぷくプププファンタジー〜』武内いぶき (2016年~)
    一人称はわがはい。「~じゃろ」などと、年配っぽいしゃべりじゃい。滑稽みを増すための言葉使いかな。「私達は遭難したんだ」より笑えるかも? 
    「わわわわ…、わがはいたちそうなんしたのじゃい!! 」1巻169P



    アニメ『星のカービィ』(2001年~2003年)
    一人称はワシZOY。語尾は「~ゾイ」ぞい。
    米国版では、声優さんは南部訛りでしゃべっているそうだ。
    「あれはワシがもらうゾイ! 」『星のカービィ (1)』 (小学館のテレビ絵本)3Pより





    KADOKAWA

    『星のカービィ カービィとデデデのプププ日記』まつやま登(2006年~)
    一人称はワシ。訛ってはいないが、いきおいよくしゃべることがおおいので「~っ」が多いっ。
    「ワシのラムネ玉コレクションがついに100個目だ! 」ベストセレクション83Pより



    『星のカービィ ぽよぽよな毎日』路みちる(2012年~)
    一人称はワシ。微妙に老人語っぽい語尾がまじるが、ほぼ標準語。
    「ワシはやきたてが食べたいんじゃ! 」73P



    『星のカービィ キラキラ★プププワールド』南条アキマサ(2014年~)
    一人称はおれさま。言葉使いは、少年マンガの主人公っぽく「~ぜ」とか「~ぞ」とか、王様にしては乱暴というか普通なんだ。
    「おれさまはデデデ大王! プププランドの大王さまだ! 」4Pより。



    小説『星のカービィ』シリーズ 高瀬美恵(2013年~)
    一人称はオレ様。語尾は「~わい」だわい。
    「フン! オレ様はカービィみたいなお人よしじゃないからな。きさまのいうことなんて、信じられんわい! 」大迷宮のトモダチを救え!の巻  16Pより。



    ここに掲載されていない、デデデ大王の一人称の情報お待ちしております。
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